■「海の沈黙」
「海の沈黙」(倉本聰)という映画が封切になるらしい・・・
===================================
いまでこそ文芸本は読まなくなってしまったが,かくいう小生にも文庫本を片手にキャンパスをうろつく文学青年の時代があった.昭和50年当時読んだもので,いまもなお鮮明に憶えている作品としては「海の沈黙」(ヴェルコール)を挙げておきたい.これはGerman conquestと呼ばれるパリ占領下のドイツ人将校とパリ娘の淡い恋物語であるが,翻訳ものにもかかわらず驚くほどの美文調である.直哉・龍之介・独歩の美文にも匹敵あるいは凌駕していると思う.高校の教科書にも取り上げられたことのある作品なのでご存知の方も少なくなかろう.
後に知り得た情報によると『グルノーブルから東南30キロばかりのところに,ヴェルコールの谷がある.谷には石灰岩の奇岩怪石がそこかしこにそびえ,数百メートルの高さの山々がそのまわりと囲んでいる.第2次世界大戦のとき,フランスのレジスタンス部隊がそこを根拠地として活動したが,1944年,ドイツ軍は落下傘部隊を降下させて猛攻した.レジスタンス部隊は天然の要害を利用して抵抗.各所で激戦が繰りひろげられたが,1カ月後に陥落.約700人の戦死者をだした.「海の沈黙」の作者ヴェルコールはこの事件の地名を筆名にしているのである.』
「海の沈黙」はレジスタンス小説として有名な短篇である.しかし,当時の私にとっては,レジスタンス小説というよりも,フランス文化を敬愛するドイツ軍人とドイツ軍に家屋を接収されたフランス嬢のプラトニック・ラブという印象がある.ドイツ軍人がケーキのババロアから彼の出身地ババリアを懐かしむシーンは,断片的ではあるが妙に脳裡に焼き付いている.岩波文庫から河野與一氏の訳で出ていたと記憶するが,だいぶ以前のことなので,すでに絶版になっているかもしれない.そうでないことを願っているが,・・・.
===================================