■対称行列と反対称行列(その20)
1927年,ディラックは電子の量子力学と相対性理論を結びつけようとして,電子の運動量pを加えたアインシュタイン方程式
E^2=m^2c^4+p^2c^2
から2乗を外そうと考えた.
彼が考案したのは,
E=αxpx+αypy+αzpz+iβm
αx^2=αy^2=αz^2=−β^2=1
αxαy=−αyαx,αyαz=−αzαy,αzαx=−αxαz
という方法であった.
ディラック方程式は
Eψ=(α・p+iβm)ψ
で表される.実際には4×4行列で書かれているが,実質的にはハミルトンが80年前に考案した四元数を再発見したことになる.
[参]マッケンジー「世界を変えた24の方程式」創元社
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【1】4元数と行列
積の交換法則が成り立たない代数として「行列」があります.
E=[1,0] J=[0,−1] J^2=−E
[0,1] [1, 0]
とおけば,
A=[a1,−a2]
[a2, a1]
は
A=a1E+a2J
と表されます.
A=a1E+a2J,B=b1E+b2J
の形の行列全体は加法および乗法に関して閉じています.
A+B=(a1+b1)E+(a2+b2)J
AB=(a1b1−a2b2)E+(a1b2+a2b1)J
乗法の可換性は成立しません.すなわち,【1】節では行列による表現を利用して複素数を導入したわけですが,類似の方法で4元数を行列の中に実現させる方法もあります.
E=[1,0,0,0]
[0,1,0,0]
[0,0,1,0]
[0,0,0,1]
i=[0,−1,0, 0] j=[0, 0,−1,0]
[1, 0,0, 0] [0, 0, 0,1]
[0, 0,0,−1] [1, 0, 0,0]
[0, 0,1, 0] [0,−1, 0,0]
k=[0,0, 0,−1] A=[a1,−a2,−a3,−a4]
[0,0,−1, 0] [a2, a1,−a4, a3]
[0,1, 0, 0] [a3, a4, a1,−a2]
[1,0, 0, 0] [a4,−a3, a2, a1]
とおけば
A=a1E+a2i+a3j+a4k
と書くことができます.
この体系では,4元数同様,
i^2=−E,j^2=−E,k^2=−E,
ij=k,jk=i,ki=j,
ji=−k,kj=−i,ik=−j
なる性質をもっていて,加法および乗法に関して閉じています.また,乗法の可換性は成立しません.
この体系を用いると,
(x^2+y^2+z^2)E=−(xi+yj+zk)^2
(x^2+y^2+z^2+w^2)E=(x+yi+zj+wk)(x−yi−zj−wk)
のように,虚数単位iを陽に用いることなしに2つの行列の積に分解できますが,それでは4元数そのままであって,虚数単位iを使ったパウリ行列やディラック行列よりも面白味に欠けるかもしれません.
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行列jを変更して
i=[0,−1,0, 0] j=[0,0,−1, 0]
[1, 0,0, 0] [0,0, 0,−1]
[0, 0,0,−1] [1,0, 0, 0]
[0, 0,1, 0] [0,1, 0, 0]
k=[0,0, 0,−1] A=[a1,−a2,−a3,−a4]
[0,0,−1, 0] [a2, a1,−a4,−a3]
[0,1, 0, 0] [a3, a4, a1,−a2]
[1,0, 0, 0] [a4, a3, a2, a1]
とおくと,Aの上三角部分,下三角部分が歪対称(gij=−gji)になるので,形がスッキリすると思われます.
ところが,実際にやってみると
j^2=−1
は成り立つものの
ij=k,jk=i,ki=j,
ji=−k,kj=−i,ik=−j
が成立しません.なかなかうまくはいかないものです.
なお,8元数:
i^2=j^2=k^2=l^2=m^2=n^2=o^2=−1,
i=jk=lm=on=−kj=−ml=−no,
j=ki=ln=mo=−ik=−nl=−om,
k=ij=lo=nm=−ji=−ol=−mn,
l=mi=nj=ok=−im=−jn=−ko,
m=il=oj=kn=−li=−jo=−nk,
n=jl=io=mk=−lj=−oi=−km,
o=ni=jm=kl=−in=−mj=−lk
では,乗法の結合法則も破れていて(a(bc)≠(ab)c),積の交換法則も結合法則も成り立ちませんが,それでも分配法則は成り立っています.行列は結合法則を満たすので,8元数は行列の一部とはみなせないのです.なお,結合法則が成り立たない数の体系(非結合的な体)としては,8元数,リー代数,ジョルダン代数の3つが代表的です.
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