■対称行列と反対称行列(その13)
【2】リー代数(リー環)
次に,リー代数(リー環とも呼ばれる)を定義してみましょう.元来は多様体の局所構造から大域構造を探るための幾何学的な道具なのですが,ここでは幾何学的にではなく代数的(抽象的)に定義してみます.
その定義はいくつかの条件が満たされていなければならないので,通常の群よりもずっと複雑になりますが,2つの元X,Yに対して,X+Yという和の他に,[X,Y]という演算を
[X,Y]=XY−YX
と定義し,交換子積(括弧積,ブラケット積)と呼びます.そして,2つの元の交換子積も元となるもの(交換子で閉じたもの)がリー代数です.
この関係は,ハイゼンベルグの行列力学
qp−pq=ih/2π
を想起させますが,この定義より
[X,X]=0
[Y,X]=−[X,Y]
が成立することがわかります.ベクトルの外積(反対称テンソル)
[a,b]=a×b
をもつベクトル空間R^3はその例で,ベクトルの外積はSO(3)とSU(2)の両方に群に対応するリー代数となっています.
一般に,行列のかけ算は非可換なので
[X,Y]=XY−YX≠0
ですが,[X,Y]=0となっているとき,可換リー代数といいます.
まとめますと,リー代数とは[,]と書かれる行列交換子が双線形乗法則
[aX+bY,Z]=a[X,Y]+b[Y,Z]
[X,aY+bZ]=a[X,Y]+b[X,Z]
という規則を満たすベクトル空間であって,GL(n,R)の場合はn^2次元のベクトル空間となります.また,リー代数では,3項の巡回置換に対して
[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0
が成立します.この美しい式は「ヤコビの恒等式」と呼ばれます.
リー代数の交換子積は群の非可換性を無限小において表すものと考えられるのですが,リー群と1対1に対応しそれによりリー群の大域的な構造をほとんど決定してしまうことになります.このリー群とリー環の驚くべき対応がいわゆるリーの理論(リーの定理)と呼ばれるものです.
なお,結合法則が成り立たない数の体系(非結合的な体)としては,八元数,リー代数,ジョルダン代数の3つが代表的です.
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すべてのリー群にはリー代数が付随します.リー群に対応するリー環はドイツ文字の小文字を用いて表されるのが通例となっているようですが,ここでは通常の小文字で代用します.
[参]佐藤肇「リー代数入門」裳華房
から,古典型リー代数の例を拾い上げてみましょう.
行列Xの対角成分の和をTr(X)で表すと,n次特殊線形群SL(n)に対応するリー環は
sl(n)={X|Tr(X)=0}
で定義されます.トレースが0という制限は行列式が1という条件からくるものなのですが,自由度を1だけ減らすため,n^2−1次元のリー代数になります.
また,正方行列Jを1つ固定して
{X|X’J+JX=0}
と定めます.このとき,J=En(単位行列)とおくと,n次直交群に対応するリー環
o(n)={X|X’+X=0}
は交代行列(X’=−X)全体のなす群で,次元がn(n−1)/2のn次直交リー代数と呼ばれます.
さらに,単位行列をブロック状・反対称に配した行列
J=[0, Em]
[−Em,0]
をとると,
Sp(m)={X|X’J+JX=0}
はm次シンプレクティックリー代数となります.このときの次元はm^2+mとなります.
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