■ガウス関数の積分と不等式(その43)

【1】平均・分散のない分布

 トリッキーに思われるかもしれませんが,母平均や母分散は常に存在するとは限りません.たとえば,コーシー分布

  f(x)=1/π(1+x^2) (-∞を取り上げてみましょう.この関数は∫f(x)dx=1/π[arctan(x)]=1ですから確かに確率分布です.しかし,この確率分布は偶関数だから平均は0であると単純に考えてはいけません.0は中央値ではあるのですが,この分布は平均をもたないのです.

 実際,∫xf(x)dxのリーマン積分は1/π・1/2log(1+x2)であり,積分∫xf(x)dxは不定形∞−∞となるから定義されません.平均値が定義されないならば,もちろん分散も定義されないということになります.

 コーシー確率変数が平均値0をもつという命題は,確率論の観点からするとコーシー分布に対しても中心極限定理が成立することになり,正しくないだけでなく危険でもあります.繰り返しになりますが,重要なことですのでもう少し考察してみましょう.

 コーシー分布では,グラフの対称性からその平均値が0であると定義するのは自然と思えます.実際,対称性を利用して有限区間を無限区間まで拡張して考えると,その値は0となります.

  lim(a→∞)∫(-a,a)xf(x)dx=0

このことから,いかなる平均値ももたないと主張することのほうが大袈裟だと思われるかもしれません.しかし,リーマン積分では,a,bを独立に無限大としたときの極限値

  lim(a→-∞,b→∞)∫(a,b)xf(x)dx

が収束することを要請しているのであって,この値は不定形∞−∞となるから発散すなわち平均は存在しないと考えるのです.

 コーシー分布以外の確率分布では,レヴィ分布(ブラウンノイズ関数)

  f(x)=1/√(2π)x^(-3/2)exp(-1/2x)

も平均値をもたない分布として知られています.

 また,離散分布でも平均値の存在しない確率分布があり,たとえば,

  p(x)=6/π^2x^2 (x=1,2,3,・・・)

の平均値は

  6/π^2(1/1+1/2+1/3+・・・)

すなわち,調和級数となるため,無限大に発散してしまいます.

 なお,離散型,連続型以外の特異型分布関数もあり,たとえば,カントル階段関数は特異型分布関数の1例です.特異分布に対してはルベーグ積分の概念が必要になることもあります.実用上用いられる多くの密度関数では,ルベーグ積分とリーマン積分は一致します.したがって,その種の議論を必要としないときはさしあたってリーマン積分で十分であろうと思われますが,コーシー分布やレヴィ分布に対してはルベーグ積分であってもうまくいかないことを申し添えておきます.

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