■ガウス関数の積分と不等式(その29)
【1】母関数(生成関数)
まず,母関数についておさえておきましょう.与えられた数列{an}の性質を知ろうとしたとき,数列{an}を直接調べるのではなく,たとえば,xを変数とする級数関数
φ(x)=a0 +a1 x+a2 x^2 +・・・+an x^n+・・・
をつくり,この関数を観察します.数列の性質は何らかの形で関数の振る舞いに反映していると考えられます.
一方,ベキ級数の大切さは,三角関数,指数関数,対数関数など多くのよく知られた関数がベキ級数に展開されることにあります.たとえば,テイラー展開
ex =1+1/1!x+1/2!x^2 +・・・
log(1+x)=x−1/2x^2 +1/3x^3 −1/4x^4 +・・・
sinx=x−1/3!x^3 +1/5!x^5 −・・・
sinhx=x+1/3!x^3 +1/5!x^5 +・・・
cosx=1−1/2!x^2 +1/4!x^4 −・・・
coshx=1+1/2!x^2 +1/4!x^4 +・・・
arctanx=x−1/3x^3 +1/5x^5 −1/7x^7 +・・・
などがその例です.
こうして数列{an }の数論的性質(離散的)を,関数φ(x)の解析的性質(連続的)によって解明していこうとする発想が母関数のアイディアです.
母関数は18世紀にド・モアブル,スターリング,オイラーたちによって考案された偉大なる着想であって,一般的な数学の道具のひとつになっています.たとえば,確率論においても母関数は重要な役割を果たし,そこでは積率母関数や特性関数として知られています.積率母関数・特性関数からはモーメントや複数の確率分布を合成した難しい分布型を得ることができます.
[1]通常型母関数
数列は補助変数xを用いてベキ級数としてうまく表すことができます.数列{an },すなわち,a0 ,a1 ,a2 ,・・・に対して,
a0 +a1 x+a2 x^2 +・・・=Σan x^n =f(x)
で表される関数f(x)をその通常型母関数といいます.
たとえば,
ex =1+1/1!x+1/2!x^2 +1/3!x^3 +1/4!x^4 +・・・
より,ex は数列{1/0!,1/1!,1/2!,・・・}の通常型母関数ですし,
1/(1−x)=1+x+x^2 +x^3 +・・・
ですから,1/(1−x)は{1,1,1,・・・}の通常型母関数になっていることがわかります.
通常型母関数の例−−−フィボナッチ数列
隣り合う2項の和が次の項となる数列
1,1,2,3,5,8,13,・・・
はフィボナッチ数列の名で有名ですが,フィボナッチ数列{Fn }の通常型母関数f(x)は
f(x)=F0 +F1 x+F2 x^2 +F3 x^3 +・・・
xf(x)= F0 x+F1 x^2 +F2 x^3 +・・・
x^2f(x)= F0 x^2 +F1 x^3 +・・・
また,Fn =Fn-1 +Fn-2 より
f(x)=x/(1−x−x^2 )=ΣFn x^n
=1+1x+2x^2+3x^3+5x^4+8x^5+13x^6+・・・
と簡単な式になります.
ここで,分母(1−x−x^2 )は黄金比と関係しているわけですが,実際,フィボナッチ数列の隣り合う2項の比は黄金比に収束することはよく知られています.
Fn/Fn-1→φ (n→∞)
母関数は強力な発見手段であり,整数や数列の性質を調べるのにベキ級数の問題に翻訳することによって答えを見つけることができるよい例となっています.
【補】黄金比
黄金比φは,2次方程式x^2 −x−1=0の根であり,φ=(√5+1)/2=1.618です.黄金比φには多くの性質があり,
1,φ,φ^2 ,φ^3 ,φ^4 ,φ^5 ,・・・という等比数列を考えると,
1+φ=φ^2 ですから
φ^n =φ^n-1 +φ^n-2
ここで,ガウス記号[x](xを超えない最大の整数)を用いると,数列{[φ^n-1 ]}の各次数に対応して得られる整数列は
1,1,2,3,5,8,13,・・・
すなわち,フィボナッチ数列{Fn }となります.
また,初項1,第2項3のフィボナッチ数列
1,3,4,7,11,18,・・・
はリュカ数列と呼ばれています.リュカ数列はフィボナッチ数列と同じ漸化式をもち,連続する2つの項の比は黄金比に近づきます.
リュカはフィボナッチ数列,リュカ数列を用いてメルセンヌ数(2^n −1)が素数であるかどうかを判定し,(2^127 −1)が素数であることを示しています(1876年).リュカの素数判定法はメルセンヌ数が素数であるか否か判定する非常に能率的なアルゴリズムとなっていて,リュカテストの効率のよさのおかげで最近の素数の世界記録はすべてメルセンヌ素数が独占しています.
さらに,1つの項の和がその前の3つの項の和になっているFn =Fn-1 +Fn-2 +Fn-3 で定義される数列
1,1,1,3,5,9,17,・・・
は,フィボナッチ数列の拡張とみなせるので,フィボナッチ(Fibonacci)をもじってトリボナッチ(Tribonacci)数列と呼ばれます.
[2]指数型母関数
一方,
a0 /0!+a1 /1!x+a2 /2!x^2 +・・・
を数列{an }に対する指数型母関数と呼びます.exは数列{1,1,1,・・・}の指数型母関数です.また,二項展開より,
(1+x)^n =ΣnCk x^k
ですから,(1+x)^n は数列{nC0 ,nC1 ,nC2,・・・}の通常型母関数ですが,さらに,nCk =nPk /k!より,
(1+x)^n =ΣnPk /k! x^k
すなわち,(1+x)^n は数列{nP0 ,nP1 ,nP2,・・・}の指数型母関数でもあります.
指数型母関数の例−−−ベルヌーイ数列
有名なベルヌーイ数Bn はベキ和Σksやゼータ関数の計算などのほかにも,数多くの魅惑的な整数論的特性をもっていて,正則素数の判定にも顔を出す興味深い数ですが,ベルヌーイ数列{Bn }の指数型母関数はx/(e^x −1)で与えられます.すなわち,ベルヌーイ数は
x/(e^x −1)
=1+B1 /1!x+B2 /2!x^2 +B3 /3!x^3 +・・・
=ΣBn x^n /n!
で定義される有理数です.
[3]ディリクレ母関数とニュートン母関数
母関数φ(x)=Σank(n,x)において,関数k(n,x)をカーネル(核関数)と呼びます.通常型母関数はカーネルとしてk(n,x)=x^nを,指数型母関数ではk(n,x)=x^n/n!を利用している.k(n,x)=1/n^xを利用した場合,その母関数をディリクレ母関数と呼ぶ.{1,1,1,・・・}のディリクレ母関数はゼータ関数ζ(x)=Σ1/n^xである.ほかにも核関数として二項係数(x,n)などを利用することができるが,k(n,x)=(x,n)の場合がニュートン母関数である.
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【2】確率母関数
離散分布において,h(x)=t^xとおいた場合の期待値をtの関数とみて,確率母関数といいます.
G(t)=E[t^x]=Σp(x)t^x=p(0)+p(1)t+p(2)t^2+・・・
これより,確率母関数は数列{p(x)}の通常型母関数であることが理解されます.確率母関数は,|t|≦1を満たす任意の実数tに対して収束します.また,tは複素数にも拡張でき,tが複素数ならば|t|≦1の単位円の内部で一様絶対収束します.
G(t)がわかっていればこの関数を級数に展開してp(x)を得ることができます.
G(0)=p(0)
G'(0)=p(1)
1/k! d(k)G/dt(k)|t=0=p(k)
また,G(1)=Σp(x)=1であり,確率母関数をtについて微分してt=1とおけば
G'(1)=Σxp(x)=E[x]
より一般的にはj回微分をとれば
d(k)G/dt(k)|t=1=E[x(x-1)・・・(x-j+1)]
すなわち,階乗積率を得ます.これから適当な線形結合をとれば通常のモーメントE[x^k]なりE[(x-μ)^k]なりを求めることができます.
E[x(x-1)・・・(x-j+1)]=Σ(-1)j-k jCk E[x^k]
また,和の分布の確率母関数は確率母関数の積gx+y(t)=gx(t)*gy(t),差についてはgx-y(t)=gx(t)*gy(1/t).なお,離散分布の項比には簡単な漸化式が成り立ちますから,超幾何関数を用いても確率母関数を表現できます.
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【3】積率母関数
h(x)=exp(tx)とおいた場合の期待値をtの関数M(t)とみて,積率母関数といいます.
M(t)=E[exp(tx)]=∫(-∞,∞)f(t)exp(tx)dt
ラプラス変換のカーネルはh(x)=exp(-tx)ですから,積率母関数は1種のラプラス変換(+ラプラス変換)と考えることができます.
また,
M(t)=E[etx]=E[1+tx+(tx)^2/2!+(tx)^3/3+・・・]=1+tE[x]+t^2/2!E[x^2]+t^3/3!E[x^3]+・・・
より,
M(t)=Σμ'k(t)^k/k! k=0,1,2,・・・
を得ます.すなわち,積率母関数は原点まわりの積率の指数型母関数になっていることが理解されます.
積率母関数を微分してt=0とおくことによって原点まわりの積率μ'kが順次求まります.
d(k)M/dt(k)|t=0=μ'k=E[x^k]
(例題)正規分布の積率母関数は,M(t)=exp(μt+σ^2t^2/2)より,μ1,μ2を求めよ.
M'(t)=(μ+σ2t)exp(μt+σ2t2/2)より E[x]=M'(0)=μ
M"(t)=(σ2+(μ+σ2t)^2)exp(μt+σ2t2/2)より E[x^2]=M"(0)=σ2+μ2
を得ることができます.したがって,μ1=μ,μ2=σ2
積率母関数には,和の分布の積率母関数は積率母関数の積で表される.
という重要な性質があります.すなわち,x1,x2,...,xnが独立で,それぞれの積率母関数をMx1(t),Mx2(t),・・・,Mxn(t)とするとy=x1+x2+・・・+xnの積率母関数My(t)はMy(t)=ΠMxi(t)で表されるというものです.とくに,x1,x2,・・・,xnの積率母関数が同じを積率母関数Mx(t)をもつとき,My(t)=[Mx(t)]^nとなります.
正規分布の和の分布について考えてみましょう.xがN(μx,σx^2)に,YがN(μy,σy^2)にしたがい,両者が独立であれば,x+yの積率母関数は
Mx+y(t)=Mx(t)*My(t)=exp(μxt+σx2t2/2)exp(μyt+σy2t2/2)=exp((μx+μy)t+(σx2+σy2)t2/2)
これはN(μx+μy,σx2+σy2)の積率母関数にほかなりません.したがって,正規分布の和の分布はまた正規分布となります.これを正規分布の再生性といいます.なお,ポアソン分布や負の2項分布,コーシー分布やガンマ分布も再生性を有しています.
一方,差の分布の積率母関数は,Mx-y(t)=Mx(t)*My(-t)で表されます.例題と同様に,正規分布の差の分布は
Mx-y(t)=Mx(t)*My(-t)=exp(μxt+σx2t2/2)exp(-μyt+σy2t2/2)=exp((μx-μy)t+(σx2+σy2)t2/2)
すなわち,N(μx-μy,σx2+σy2)の正規分布になることを示すことができます.ところが,ポアソン分布の差の分布はポアソン分布にはならず,ベッセル関数を用いて表されます.
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【4】特性関数
積率母関数の欠点は,積率をもたないコーシー分布やブラウンノイズ関数などに対しては積率母関数が定義されないということです.そこで,複素関数を導入して,h(x)=exp(itx)としたものが特性関数です.
φ(t)=E[exp(itx)]=∫(-∞,∞)f(t)exp(itx)dt
フーリエ変換のカーネルはh(x)=exp(-itx)(exp(-i2πtx)とされることもある)ですから,特性関数は1種のフーリエ変換(+iフーリエ変換)と考えることができます.
また,上式において,exp(itx)にオイラーの公式
exp(itx)=cos(tx)+isin(tx)
を適用すると,特性関数は次のように表現できます.
φ(t)=∫(-∞,∞)f(t)cos(tx)dt+i∫(-∞,∞)f(t)sin(tx)dt
正規分布N(μ,σ2)の積率母関数は,M(t)=exp(μt+σ2t2/2)ですから,その特性関数はexp(iμt-σ2t2/2)となります.また,特性関数はすべての確率分布に対して存在し,コーシー分布の特性関数はexp(iμt-|t|σ)と表されます.
また,畳み込みのフーリエ変換はフーリエ変換の単なる積になりますから,畳込みの特性関数はそれぞれの分布の特性関数の積
φx+y(t)=φx(t)*φy(t)
で表されます.また,差の分布の特性関数は,
φx-y(t)=φx(t)*φy(-t)
で表されます.積率に関しても,積率母関数と同様なことは特性関数でもいえて,
φ(t)=Σμ'r(it)^r/r!
μ'r=(-i)^rd(r)φ/dt(r)|t=0
が示されます.
(例題)特性関数も積率母関数同様に和の分布を求めるときなど利用されていますが,ここでは,区間(0,1)の一様分布の特性関数が
φ(t)=exp(it/2)sin(t/2)/(t/2)
(exp(it)-1)/it
となることを利用して,一様乱数ri(0−1)をn個合計したものの分布が,n→∞の極限で正規分布になることを示してみましょう.
一様乱数をn個の合計のしたものの分布の特性関数は
[φ(t)]^n=exp(int/2){sin(t/2)/(t/2)}^n
一方,シンク関数
sinx/x=Σ(-1)^mx^2m/(2m+1)!=1−1/3!x^2 +1/5!x^4 −・・・
の解が±π,±2π,±3π,±4π,・・・となることを利用して,無限積表示すると
sinx/x=(1-x2/π2)(1-x2/4π2)(1-x2/9π2)(1-x2/16π2)・・・=Π(1-x2/k2π2)
kが大きいとき
(1-x2/k2π2)〜exp(-x2/k2π2)
Π(1-x2/k2π2)〜exp(-x2/π2Σ1/k2)
ここで,(Σ1/k2=π2/6)より
Π(1-x2/k2π2)〜exp(-x2/6)
これより,
{sin(t/2)/(t/2)}^n→exp(-nt2/24)
ですから,
[φ(t)]^n→exp(int/2-nt2/24)
正規分布N(μ,σ2)の特性関数はexp(iμt-σ2t2/2)ですから,この結果はn個の独立した一様乱数の和の分布は平均値n/2,分散n/12の正規分布に近づくことを示しています.
これは,一様分布の場合について中心極限定理を示したものであって,任意の確率分布については中心極限定理参照のこと.
(例題)ラプラス分布の特性関数はコーシー分布
コーシー分布の特性関数はラプラス分布
三角分布の特性関数はアノン分布
アノン分布の特性関数は三角分布
【補】(1+x/n)^n→exp(x)
【補】(Σ1/k2=π2/6=ζ(2))
sinx/x=1-1/6x2+120x4-・・・(ベキ級数表示)
また,
sinx/x=Π(1-x2/k2π2) (無限積表示)
=1-1/π2(Σ1/k2)x2+・・・
の両辺を比較することにより(Σ1/k2=π2/6)(Σ1/k4=π4/90)が計算される.Σ1/k2はゼータ関数ζ(2)に,Σ1/k4はゼータ関数ζ(4)に相当する.
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【5】キュムラント母関数
積率母関数の対数logM(t)はキュムラント母関数と呼ばれます.そして,
logM(t)=Σκj(t)^j/j! j=1,2,3,・・・
=tκ1+t^2/2!κ2+t^3/3!κ3+・・・
の係数κjをj次のキュムラントと呼びます.j=0すなわちκ0は定義されません.また,対数の性質から,積率母関数の積のキュムラントはキュムラントの和になります.
M(t)=Σμ'k(t)^k/k!=exp(Σκj(t)^j/j!)
両辺をtで微分して,
E[x]+tE[x^2]+t^2/2!E[x^3]+・・・=M(t){κ1+tκ1+t^2/2!κ3+・・・}***確認
tの係数同士を比較すれば,キュムラントと積率の関係式が得られます.
正規分布の積率母関数は,M(t)=exp(μt+σ2t2/2)ですから,キュムラント母関数はμt+σ2t2/2です.すなわち,正規分布では3次以上のキュムラントは0になりますから,ある分布が正規分布に近いかどうかを確かめるには,3次以上のキュムラントが0に近いかどうかを見ればよいことになります.
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