■学会にて(京大数理解析研,その221)
糸健太郎先生(中部大)ご自身は双曲空間のビリヤード問題を取り上げられた。ここでは双曲空間ではなく、ユークリッド空間のビリヤード問題を解説する。
===================================
【2】多角形ビリヤード(擬可積分系)
頂角のまわりで鏡像を貼り付けていって1周で鏡像群が元に戻るものが可積分な多角形ビリヤード系となりうる.したがって,長方形以外にも頂角がすべて2π/q(qは整数)で与えられる場合が可積分系となるのだが,頂角が(30°,60°,90°),(45°,45°,90°)の直角三角形あるいは正三角形はその例であり,可積分な三角形ビリヤードはこれですべてである→[補].
それに対して,頂点が1つでも2πp/q(qは偶数で,p,qは互いに素)で与えられる多角形ビリヤードは可積分系にはならない.たとえば,頂角がπ/3,2π/3の菱形ビリヤード(正三角形を2個くっつけた菱形)では頂角のまわりの鏡像群は元に戻らない.元に戻るためにはp回転しなければならず,2q枚のビリヤード台の鏡像が必要になるため(いわばらせん状に回転するのであって)軌道面はトーラスを作ることができないのである.
可積分系とカオス系の境界に位置する力学系を擬可積分系と呼ぶのだが,頂点のうち1つでも2πp/qとなるような多角形ビリヤードがその例である.擬可積分系では,軌道面はトーラス(種数g=1)こそ構成しないものの,複数個のハンドルをもった不変曲面(g≧2個の穴の空いたドーナツ型)の上に乗っているのである.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
頂点がすべて有理数×πで与えられるものばかりでなく,無理数×πで与えられるものを含む一般の三角形ビリヤードの周期性について考えてみよう.鋭角三角形のビリヤード台を考えると,各辺で1回ずつ反射して常に同じ軌道をぐるぐると周り続ける巡回軌道が存在する.また,三角形の内部を2回以上回って最初の点に戻るような巡回軌道は無数に考えられる.
三角形ビリヤードの場合,球があたる壁を中心として鏡像を貼り付けていくと,6個目の鏡像で最初の三角形を平行移動させたものが登場する.このことは任意の位置から特定の角度でビリヤードの球を発射させると6回壁にあたった後,最初と同じ位置・同じ角度で戻ってくることができることを意味している.
ちょうど1周で最初の点に戻る巡回軌道はあらゆる巡回軌道のなかで最短のものであって,三角形の各頂点から対辺に下ろした垂線の足を結ぶ垂足三角形に限られる.すなわち,垂線の足の位置から他の垂線の足の位置に向けてビリヤードの球を発射させると,3回壁にあたった後,最初と同じ位置・同じ角度で戻ってくるのである.
三角形の内部を2回以上回って最初の点に戻るような巡回軌道でもこの軌道上の各辺はいずれも垂足三角形の辺と平行である.また,四角形ビリヤードでは,四角形が円に内接し円の中心が四角形の内部にある場合,そのような四角形の内部には巡回軌道が存在しうることが知られている.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
[補]3次元ビリヤード
それではビリヤード球が立方体の内部で各面で1回ずつ反射して,常に同じ軌道をぐるぐると周り続けることは可能だろうか? これは可能であって,スタインハウスが発見した例は各面を3×3に分割した升目の角をイス型に巡回するものである.また,コンウェイは正四面体において同様の巡回軌道を発見している.それは各面の中央に正四面体の辺の1/10の長さをもつ正三角形の頂点を通るものである.
===================================