■学会にて(京大数理解析研,その220)
種村先生の講演のなかで菱形6面体A6/O6が紹介されました。
これらはヒンギス先生手製のRhomboとしてすでに商品化がなされていますが、中部大学の糸健太郎先生が自作の紙製の模型を提示されました。
ヒンギス先生のRhomboよりも接着がよく、性能の高さが感じられる模型でした。
それはA6/O6の内部の6面に「筒に入った棒状のネオジウム磁石を付けたもの」で、この棒状磁石はマグネ???という多面体模型に使われているそうです。
糸健太郎先生(中部大)ご自身は双曲空間のビリヤード問題を取り上げられた。ここでは双曲空間ではなく、ユークリッド空間のビリヤード問題を解説する。
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粒子が平面内のある領域内を運動し,境界では入射角と反射角が等しいという反射の法則に従う力学系を考えます.「ビリヤード問題」とは境界の形に依存して様々な振る舞いをみせるこの粒子の運動を研究することをいいます.
最も単純なビリヤード系は境界が長方形あるいは円形で与えられるものですが,それでは三角形のビリヤード台や長方形を1対の半円ではさんだ競技場型のビリヤード台ではどのような運動を示すのでしょうか.
長方形のビリヤード台ならば(熟練した人なら)ボールが正確に元の位置に戻ってくるようにできますが,角の丸い競技場型のビリヤード台となるとプロのハスラーの腕をもってしても難しくなります.ボールの軌跡は予測可能であったりカオス的であったりするのですが,カオス的な状況では初期条件の影響を大きく受けるので,結果は予測不可能になってしまうのです.
実はこの問題は一見何の関係もない数論の問題(ゼータ関数とリーマン予想)とも深く関わってきます.今回のコラムでは物理学と数論の間に存在する相互律をみていくことになりますが,その雰囲気が少しでも伝われば幸いです.
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【1】長方形ビリヤード(可積分系)
長方形のビリヤード台を考える.東西方向の壁にぶつかるときは南北方向の運動量の向きだけが逆になり,南北方向の壁にぶつかるときには東西方向の運動量の向きだけが逆になる.したがって,どんな軌道であろうと4通りの向きにしかならないのでこの運動は完全に予測可能である.
このように初期条件が与えられると未来を予測することができるような力学系を可積分系という.可積分系とは元来力学用語で,線形化可能あるいは線形系と関連づけられる非線形力学の総称であり,複雑系に対比される概念である→[補].
また,ある位置からある角度でビリヤードの球を発射させると,何回か壁にあたった後,最初と同じ位置・同じ角度で戻ってくる場合がある.n回壁にあった後,同じ状態に戻る場合をn周期軌道と呼ぶことにすると,与えられたnに対して発射角度を求めるというのはおなじみのビリヤード問題であろう.
この問題に対する基本的な考え方は,球を反射させる代わりに,ビリヤード台の鏡像を枠の外に作ってやるというものである.すなわち,軌道自体を折り曲げる代わりに衝突するたびに衝突した辺を軸にビリヤード台自身をひっくり返すのである.
このような図形を鏡像群と呼べば,鏡像群を貫く直線がビリヤード球の軌跡に対応する.そして,この表示法のもとで長方形の互いに向かい合う辺同士をを同一視するとトーラスが得られる.トーラスの中で長方形ビリヤードの軌道は単純な直線運動で表されることになる.
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長方形ビリヤードの周期性について考えると,長方形ビリヤードが周期的となるための条件は軌道方向(tanθ)が有理数であることである(ビリヤード台の縦横比あるいはそれぞれの長さは無理数でもかなわない).軌道方向が無理数の場合,軌道は非周期的となり軌道が領域を埋めつくす.それに対し,周期軌道では軌道が領域を埋めつくすことはない.周期軌道は無数に考えられるが,非周期軌道は周期軌道より圧倒的に多数を占めるのである.
ついでに円型のビリヤード台(可積分系)では火線(コースティック)に対応する規則的な軌道がみられることを申し添えておく.数学的には包絡線というのだが,光学分野では焦線(caustic)あるいは火線という名で知られている.焦点では光が1点に集まるが,焦線とは点ではなくて線をなす場合をいうのである.楕円型ビリヤード台,外円(外球)と内円(内球)の2つの円(球)に挟まれた領域からなるビリヤード台なども可積分系である.
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[補]可積分系と保存量
微分方程式を解くことを「積分」するといいます.17世紀にニュートンが解明したケプラー運動(2次曲線)をはじめとして,三角関数で解ける調和振動子,楕円関数で解ける単純振り子,コマの運動方程式(コワレフスカヤ)など,19世紀には様々な解ける=積分できる力学系が知られていました.19世紀半ばにリュービルはこれらの力学系の本質が「保存量」の存在にあることを見抜き,可積分系の明確な定義を与えました.例えば,軌道に沿ってエネルギーが変化しない系(保存系)を表わす関数をハミルトン関数といい,物理の世界では運動の全エネルギーを表わすものとして有名です.
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