■ランダムウォークの母関数と準超幾何関数(その15)

単純ランダムウォークがd2≦ならば再帰的、d≧3ならば非再帰的であるとは

人間は酔っぱらっても偶然に帰路がみつかるが、鳥が酔っぱらうと永遠に迷子になる可能性があるということである。

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 引き続いて,1次元格子の代わりに多次元直交格子上の対称単純ランダムウォークを考えてみましょう.時刻0で平面上の原点から出発し,単位時刻ごとに正方格子の上下左右の4つの隣接点に等確率1/4で移動していくのが2次元対称単純ランダムウォーク,立方格子の6つの隣接点に等確率1/6で移動していく粒子の運動が3次元対称単純ランダムウォークです.

 2次元対称単純ランダムウォークで,粒子が時刻2nに原点にいると確率は,4項分布において,それまで上下にそれぞれk回,左右にそれぞれn−k回移動した確率ですから,i+j=nとして

  u2n=1/4^(2n)Σ(2n)!/(i!)^2(j!)^2

    =1/4^(2n)(2n)!/(n!)^2Σ(n!/i!j!)^2

 ここで,2項係数に関して

  ΣnCknCn-k=Σ(nCk)^2=2nCn

が成り立つので,

  u2n=1/4^(2n)(2nCn)^2

    〜 (πn)^(-1)   (スターリングの公式)

より,2次元ランダムウォークは再帰的であることが示されます.

 

 1次元・2次元のランダムウォークでは再帰的(必ず原点に戻ってくる)ということは,平行移動不変性より,原点に限らずどの点も無限回訪れることを意味していて,運動する領域をすべて覆いつくすことになります.

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 同様に,3次元対称単純ランダムウォークでは,6項分布において,i+j+k=nとして

  u2n=1/6^(2n)Σ(2n)!/(i!)^2(j!)^2(k!)^2

    =2nCn/6^(2n)Σ(n!/i!j!k!)^2

 では,Σ(n!/i!j!k!)^2はどうなるのでしょうか? 実は,これには単純な公式のないことが証明されています.そこで,

  c=max(n!/i!j!k!) 〜 n!/(n/3!)^3

とおくと,

  u2n≦2nCn/2^(2n)・c/3^nΣn!/i!j!k!(1/3)^2

ここで,

  (1/3+1/3+1/3)^n=Σ(n!/i!j!k!)(1/3)^n=1

ですから,

  u2n≦2nCn/2^(2n)・c/3^n

 ここで再び,スターリングの公式を用いると,

  c 〜 3^(3/2)/2πn・3^n

  2nCn/2^(2n) 〜 (πn)^(-1/2)

したがって,不等式の右辺は漸近的に

  u2n 〜 (3/π)^(3/2)/2n^(3/2) 〜 C/n^(3/2)

となります.

 このことはΣu2nが収束することを示していて,3次元ランダムウォークが非再帰的であることを意味しています.換言すると,3次元ランダムウォークが原点に決して戻ってこれない確率は正であり,この点は1次元・2次元ランダムウォークと著しく異なっています.

 上の論法は,一般のd次元の場合にも使えて,

  u2n≦2nCn/2^(2n)・c/d^n

  c 〜 d^(d/2)/(2πn)^(d/2-1/2)・d^n

  2nCn/2^(2n) 〜 (πn)^(-1/2)

したがって,

  u2n 〜 2^(1/2-d/2)d^(d/2)(πn)^(-d/2) 〜 C/n^(d/2)

となりますから,d≧3のときは非再帰的であって無限の彼方へいってしまうという結果が導き出されます.

 もっとも,志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版によると,一般に,d次元対称単純ランダムウォークでは,最近接の2d個の点に等確率1/2dで移動し,n→∞のとき

  u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)

であることが知られています.この漸近近似式はd=1,2のときは前述の結果に一致していますから,多分,

  u2n 〜 2^(1/2-d/2)d^(d/2)(πn)^(-d/2)

よりもよい評価式になっているはずです.

 

 両者はd=3のときは一致しませんが,それは上限

  u2n 〜 (3/π)^(3/2)/2n^(3/2)

がかなり大まかな評価式になっているためと考えられます.しっかり検証したわけではありませんが,この際,

  u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)

のほうを信用することにしましょう.

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