■ランダムウォークの母関数と準超幾何関数(その13)

単純ランダムウォークがd2≦ならば再帰的、d≧3ならば非再帰的であるとは

人間は酔っぱらっても偶然に帰路がみつかるが、鳥が酔っぱらうと永遠に迷子になる可能性があるということである。

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志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版によると,一般的なd次元における超立方格子上の対称単純ランダムウォークでは,最近接の2d個の点に等確率1/2dで移動し,n→∞のとき

  u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)

ですから,確率1で出発点に戻れるだろうか? という問いに対しては

 a)d=1,2のときは再帰的であるが,

 b)d≧3のときは非再帰的であって無限の彼方へいってしまう.

 漸近確率はともかくとして,この結果自体はよく知られているものである.すなわち,1次元・2次元の対称単純ランダムウォークは再帰的(必ず原点に戻ってくる)であるのに対し,3次元対称単純ランダムウォークは非再帰的であるという解が得られる.

 ところが,3次元になると少し状況が変わってくる.3次元ランダムウォークの場合,たとえ無限に歩き続けたとしても,出発点に戻ってくる確率はおよそ0.34にすぎない.3次元では進める方向が多すぎて,偶然に出発点に戻ってくるのはそう簡単なことではないのである.

 ところで,以上の結果はどのようにして得られたものなのだろうか? 

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【3】立方格子上のランダムウォーク

 1829年,ブラウンによって,花粉に含まれる微粒子の水面上における奇妙な運動が観察されました.それは原子・分子の実在の証拠でもあったわけですが,19世紀の終わり頃でも分子はまだ仮説的な存在であって,いわんや,分子の構造や大きさなどを実験的に測定することは不可能でした.

 1905年,アインシュタインは,物質の熱分子運動にもとずく運動がブラウン運動をしていなければならないことを理論的に予測し,数年後,この予測はペランによって実験的に確かめられました.この複雑な運動の軌跡は,連続的であるにもかかわらず,どの点でも滑らかでないことがウィーナーによって証明され,それは今日フラクタルとして知られています.

 ブラウン粒子の軌跡はランダムウォークとして数学的にモデル化できますが,過去の履歴によらないというマルコフ過程のもっとも簡単な例になっています.

 最初に,1次元格子の場合について知られていることをおさらいしておきましょう.粒子がx軸上の1次元格子

  ・・・,−3,−2,−1,0,1,2,3,・・・

の上を原点から出発し,時刻t=1,2,・・・ごとに確率pで正の方向に1,確率q=1−pで負の方向に1だけ移動する運動を1次元単純ランダムウォークといいます.

 非対称単純ランダムウォーク(p≠q)では,p,qの大小によって右か左にずれる傾向があるはずで,非再帰的,すなわちt→∞のとき無限の彼方へいってしまうことが予想されます(実際そうなるのであるが,その証明は後述).そこで,p=q=1/2,すなわち対称単純ランダムウォークの場合を考えることにします.

 nステップにおける位置xnの平均と分散は,2項分布より,

  E(xn)=nε(p−q),V(xn)=4nε2pq

ε(p−q)は1歩あたりの平均移動量と考えることができます.対称,すなわち,p=q=1/2の場合は

  E(xn)=0,V(xn)=nε2

で与えられます.

 また,ド・モアブル=ラプラスの定理から,n回のステップののち,その人がx=kεのところにいる確率は,nを十分大にすると平均0,分散σ2=nε2の正規分布N(0,nε2)に近づくことを示しています.格子上のランダムウォークは,ブラウン運動などの拡散モデルとしてよく知られていますが,格子のモデルはブラウン運動の離散化とみなすことができるので,局所的にみると離散的過程であっても,大域的にみると連続空間に分布した連続的なガウス分布とみることができます.

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