■マクドナルド恒等式(その5)
【1】中央二項係数
チェビシェフは,漸近評価
c1x/logx<π(x)<c2x/logx
を得るために,オイラーによって1740年に考案されたゼータ関数(のちにリーマンがこの名前を付けた)やガンマ関数を利用しましたが,ベルトランの仮説に対しては,ずっと簡単な証明がラマヌジャンやエルデシュ(1932年,19歳)によって与えられています.
この結果を得るのには非常に巧みな組み合わせ的推論が用いられているのですが,エルデシュはまず二項係数の中央の値
cn=2nCn=(2n)!/(n!)^2
を考えています.
2nCnについては,さらに正確な評価を与える
2^2n/(2√n)≦2nCn≦2^2n/√2n
などの評価式もしばしば使われます.また,スターリングの公式を使うとより精密な結果
2nCn〜2^(2n)/√(πn)
が得られますが,この評価は数論,素数定理などとも関係しています.
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【2】中央三項係数
2nCn=4^n/√(πn)(1−1/(8n)+1/(128n^2)+5/(1024n^3)−21/(32768n^4)+O{n^-5))
に対して,中央三項係数
(3n)!/(n!)^3
では
ln(3n)!/(n!)^3=3nln3−lnn+1/2・ln3−ln(2π)=(1/36−1/4)/n+O(n^-3)
から
3^3n+1/2/2πn(1−2/(9n)+2/(81n^2)+O{n^-3))
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【3】ダイソンの定数項予想
中央二項係数:(2n)!/(n!)^2
中央三項係数:(3n)!/(n!)^3
であったが,ダイソンの予想は
Π(1−xj/xi)^kの定数項=(nk)!/(k!)^n
というものであった.
a)n=1の場合は明らか.
b)n=2の場合は,2項定理
Σ(k,i)^2=(2k,k)=(2k)!/(k!)^2
を用いて証明できる.
c)n=3の場合は
Σ(-1)^j(2k,k+j)^3=(3k)!/(k!)^3 (ディクソン,1891年)
と同値である.
Σ(k,i)^2=(2k,k)=(2k)!/(k!)^2
との類似性に注意されたい.
ディクソンの恒等式の拡張が
Σ(-1)^j(a+b,a+j)(b+c,b+j)(c+a,c+j)=(a+b+c)!/a!b!c!
であるが,さらにこのことからダイソンは
Π(1−xk/xj)^aiの定数項=(a1+a2+・・・+an)!/a1!a2!・・・an!
なる予想にたどりついた.
すなわち,右辺は多項定理
(x+y+z+・・・)^n=Σkn・x^a・y^b・z^c・・・ (a+b+c+・・・=n)
の係数
kn=(a+b+c+・・・+n)
(a,b,c,・・・,n)
に等しいという美しい予想である.この予想の証明は見かけほど易しいものではないらしいのだが,ダイソンはこの予想の成立を強く確信していたに違いない.
d)n=4の場合の証明はそれほど易しいものではないが,ダイソンはn=4,5の場合をなんとか証明した.一般のnについてはうまく証明できなかったのだが,この予想はほどなくウィルソン,ガンソン,グッドにより独立に証明されることとなったのである.
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【4】マクドナルドの定数項予想
定数項予想を1次元格子上の問題と理解すると,アフィン・リー環の指標公式を用いて,より一般の格子(リー環のウェイト格子)上の問題に構成するという道筋がみえてくる.そして実際にルート系との関係を見抜いたのがマクドナルドである.
ワイル群の基本不変式の次数をd1,d2,・・・,dn-1,dnとすると
d1,d2,・・・,dn-1,dn
An 型 2,3,・・・・,n,n+1
Bn,Cn型 2,4,,・・・,2(n−1),2n
Dn 型 2,4,・・・・,2n−2,n
マクドナルドによると,
ルート系の定数項=Π(kdi,k)
であり,例えば,An-1型ワイル群の基本不変式の次数はd1=2,・・・dn-1=nより
Π(kdi,k)=(2k,k)(3k,k)・・・(nk,k)=(nk)!/(k!)^n
この式はダイソンの定数項予想の式に一致する.
同様に,
Bn型:(2k)!(4k)!・・・(2nk)!/{k!(3k)!・・・((2n-1)k)!(k!)^n}
Cn型:(2k)!(4k)!・・・(2nk)!/{k!(3k)!・・・((2n-1)k)!(k!)^n}
Dn型:(2k)!(4k)!・・・(2nk)!/{k!(3k)!・・・((2n-3)k)!((n-1)k)!((k!)^n}
となる.
マクドナルドの定数項予想は,ダイソンの定数項予想はAk型離散系という特定のルート系の理論であって,それ以外の離散系に対応するのはBk,Ck,Dkの理論であることを主張している.マクドナルドはもっと美しい世界があることに気がついたのである.
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