■二項定理のqアナログ(その4)

【2】ヤコビの3重積公式

  (a;q)∞=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))・・・=Π(1-aq^k)

を導入したついでに,ヤコビの3重積公式

  (x;q)∞(q/x;q)∞(q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(m-1)/2)・x^m

を示しておきたい.

 ヤコビの3重積公式において,x=qとすれば,ヤコビの3角数定理

  (q;q)∞(1;q)∞(q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(m+1)/2)・x^m

となる.

 また,qをすべてq^3に置き換え,x=qとすれば,左辺は(q;q)∞となり,オイラーの5角数定理は

  (q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(3m+1)/2)・x^m

と表される.

 五角数定理はオイラーが分割関数p(n)の研究中に発見した関数等式である(1750年).オイラーの五角数定理はヤコビの三重積公式を使うとあっさり証明できるのであるが,五角数定理の完全な証明は,ヤコビのテータ関数や保型形式の理論の中に求められなければならない.

 しかし,ヤコビを待つまでもなく,オイラーは五角数定理を証明したのだが,オイラーはこの定理の予想から証明までにかれこれ10年を要した(発見は1741年,証明は1750年).その間,たとえ完全な証明は与えられなくとも正しいことは間違いないことを確信していて,結果の正しさについて,微塵の疑いも抱いていなかったようである.

 現在,五角数定理にはヤコビの三重積公式による証明やフランクリンによる組合せ的証明がある.オイラー自身による証明はヴェイユの「数論」に紹介されているのだが,梅田亨先生の解説によると,今日的な眼からすれば,オイラーの証明には無限次行列に対する跡公式と呼ばれるアイディアが使われているという.

 跡公式とは,行列Aにおいて対角和=固有値の和,すなわち

  trA=Σλ

の左辺が解析的,右辺が幾何学的に得られたものであるように,ある作用素の跡を2通りの方法で計算することにより得られる等式であって,作用素とはいわば無限次行列のことと考えておくとよいと思われる.

 2通りに計算するということを喩えていうならば,家計簿つけでまず行ごとの合計を求めそれを総計する,次に列ごとの合計を求めそれを総計する,そして計算が正しければその2つの計算結果は一致するはずというわけである.

 ヤコビの3重積公式はテータ関数そのものを表しているのであって,これから

  Σ(-1)^n・q^(n^2)=(q;q)∞/(-q;q)∞

  Σq^(n(n+1)/2)=(q^2;q^2)∞/(q;q^2)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞

  Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞

  Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

  Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

などの恒等式が得られる.

 このうち,後6者のq恒等式

  Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞

  Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞

  Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞

  Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

  Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k

はロジャース・ラマヌジャン恒等式と呼ばれるものの例である.

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