■ベッセル関数と虹の数理(その8)
【2】パンルヴェの超越関数とモノドロミー群
[1]関数を把握するにはその特異点を知る必要がある.微分方程式が線形であれば特異点は微分方程式の係数の極に限られるが,非線形の場合,解の特異点を方程式から知ることは一般にはできない.
積分定数に依存した特異点は「動く特異点」と呼ばれる.1900年,パンルヴェは動く特異点をもたない2階常微分方程式を分類することに成功した.このうち,既知の関数で求積できるものを除くと,6種の新しい方程式PI〜PVIが得られる.近年,物理学(可積分系)に現れて脚光を浴びているパンルヴェの微分方程式PVIも0,1,∞の動かない特異点以外に動く特異点をもつ重要な方程式となっている.
パンルヴェ超越関数は動く特異点をもたない解をもつ2階の方程式の分類の見事な産物であったというのが【1】の要約である.
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[2]もうひとつの出自
パンルヴェの超越関数はリーマンに始まる線形微分方程式のモノドロミー群の問題とも関係している.モノドロミーとは関数の多価性を測る尺度のことで,リーマンは超幾何微分方程式の場合を解決した(リーマン面の一意化).→超幾何関数のモノドロミー群については,コラム「超幾何関数のはなし」を参照されたい.
フックスはモノドロミー群が一定に保たれるための条件として,非線形の微分方程式を得たのだが,これはPVIとまったく同じものであった(1905年).PVIという最も単純な場合はフックス系であり,そのモノドロミーは単に2×2行列の3つの組によって与えられる.PI〜PVについても同様の意味付けができることが明らかにされている.
パンルヴェ方程式の発見から程なく,もう一つ別の出自をもっていることが明らかになったわけであるが,いいかえればパンルヴェ方程式は「動く特異点をもたない微分方程式の分類」というだけでなく,一般の線形微分方程式の「モノドロミー保存」を記述する方程式でもあったのである.
モノドロミーがわかったからといってパンルヴェ超越関数は本質的に新しい超越関数なので,既に知られたような既知関数で具体的な解を与えるわけではない.しかし,解に対する大域的な微分幾何構造を与えてくれるので,これらの方程式は等モノドロミー変形問題によって決定されるという意味において可積分なのである.
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【3】まとめ
パンルヴェ方程式の発見から1世紀のときが流れた.パンルヴェ方程式は1910年代に未完成のまま現代数学の表舞台から姿を消してしまったが,近年,再び物理学(可積分系)の問題に現れて復活し,ソリトン方程式の特殊解としてあるいはランダム行列などの局面にも登場することで,脚光を浴びている.パンルヴェ関数自身は次第に現代の特殊関数としての位置を確実なものにしていて,100歳になる現在でも新鮮さを失わず異彩を保ち続けているのである.
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