■ベッセル関数と虹の数理(その7)

【1】パンルヴェ方程式

 微分方程式を解くとき,一般的には既知の関数で解を表すことはまず期待できなくなります.そこで,発想を転換して,微分方程式の解の中に新しい特殊関数を見つけようという考えが生じるのは自然な発想と思われます.

 20世紀初頭,パンルヴェはこのような問題意識から出発して,動く特異点をもたない2階微分方程式をすべて分類することに成功しました(1900年).

パンルヴェ方程式とは,PI〜PVIと表される6個の2階非線形常微分方程式の総称です.パンルヴェ方程式のなかで一番簡単なPIは,

  y”=6y^2+x

ですが,右辺に2次の項y^2があるので,非線形方程式ということになります.非線形方程式では特異点の現れる場所が変わるという現象が起きるのですが,このことを指して「動く特異点」といいます.

  PII:y”=2y^3+xy+α,PIII,・・・

と進むにつれて式はだんだんと複雑になっていき,極め付けが

  PIV:y”=1/2(1/y+1/(y−1)+1/(y−x))y’^2−(1/x+1/(x−1)+1/(y−x))y’+y(y−1)(y−x)/x^2(1−x)^2(α+βx/y^2+γ(x−1)/(y−1)^2+δx(x−1)/(y−x)^2)

です.

 自然界の法則の大部分は微分方程式の形で表現されますが,線形と非線形の違いを簡単(きわめて不正確)にいえば,非線形方程式は未知数の二乗の項を含むこと,線形方程式は一乗の項しか含まないことです.たとえば,y’=yのように1次の項しかない微分方程式は解の重ね合わせが成り立つ,すなわち,解の和もその解となるので線形,y’=y^2+xのように2次以上の高次項(y^2など)やy”=xyのように交差項(xyなど)を含む微分方程式は解の重ね合わせの原理が成り立たないので非線形です.

 微分方程式はその解が初等関数,不定積分,逆関数の式で書けるとき,求積法で解けるといいますが,求積法で解けない微分方程式の最も簡単な例は

  y’=y^2+x

です(このことは1841年,リウヴィルによって証明された.)

 交差項xyをもつ微分方程式:

  y”=xy

は複素平面上の無限遠点に不確定特異点をもつ常微分方程式なのですが,線形化され,エアリー関数(過剰虹の計算に現れる特殊関数)が解となります.

 これらの古典解(線形微分方程式に帰着する解)としてPIIではエアリー関数,PIVではガウスの超幾何関数がすぐに読みとれます.式は示しませんでしたが,PIII,PIV,PVの古典解はそれぞれベッセル関数,エルミートの直交多項式,クンマーの合流型超幾何関数となります.

 このような線形方程式や楕円関数の微分方程式に帰着するものを除外して,非線形微分方程式を分類すると,6個のいずれかに帰着されるというのがパンルヴェの結論です.このような分類が困難な作業であったことは,関数論や微分方程式論を(深くも浅くも)学んだ経験のない小生にとっても容易に想像されるところです.

 フランスの数学者ポール・パンルヴェはパンルヴェ方程式と呼ばれる微分方程式に名を残す偉大な数学者であったのですが,それと同時に著名な政治家でもありました.数学から政治に転じ,そのために多くの時間を奪われるようになったことは惜しまれるところですが,衆議院議長の要職にあっても,週に2回はソルボンヌで流体力学の講義をしていたというから驚かされます.

 大統領候補に立って落選しましたが,彼は初めは物理学者として後には航空相として航空界の発展にも偉大な貢献をしていて,ライト兄弟がパリの空を飛行したときの最初の乗客であったり,大西洋横断をはたしたリンドバーグと一緒に写った写真も残されているそうです.

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