■病理形態学原論と・・・(その8)
【5】安定な空間分割
空間分割の局所条件は,1つの細胞のある方向の移動を他の3つの細胞が支持して止めるというメカニズムの表れと理解することができる.すなわち,このことは安定な力学的平衡が得られるための条件であることは直観的にも明らかであろう.立方格子状配置では1つの細胞の格子線方向の移動は他の1つの細胞が支持して止めるので力学的に不安定なのである.
そこで,空間分割の局所条件を安定な空間分割という観点から考えてみることにする.まず,平面分割の問題を掲げる.
[Q]正多角形は無限に多く存在するが,それでは,互いに合同な正多角形を隙間も重なりもないように並べて平面を完全に埋める仕方が何通りあるか?
[A]平面充填形が正三角形,正方形,正六角形の3種類に限ることは昔からよく知られている.このうち正方形のは碁盤,正六角形のは蜂の巣などでおなじみであろう.しかし,正三角形と正方形による平面分割は頂点だけで接している多角形があるので,ボロノイ分割に対して安定とはいえない.点のわずかな動きによって,ボロノイ分割が激変してしまうからである.したがって,ボロノイ分割の意味で安定なものは六角形による平面充填だけということになる.
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それでは,3次元ではどうだろうか? 立方体以外の単一多面体による空間分割(空間充填体)としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られている.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形であるが,菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっている.立方体(f=6),菱形十二面体(f=12),切頂八面体(f=14)はよく知られた空間充填立体であるが,単独空間充填形となる多面体はこればかりではない.
平行多面体とは平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の空間充填多面体であって,立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかない.これら5種類の図形(平行多面体)は3次元格子の幾何学的分類であり,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる.
このうち6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致している.また,切頂8面体(f=14)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12)→菱形12面体(f=12)→6角柱(f=8)→立方体(f=6)ができると考えることができる.
このうち,1点に4個の多面体が会してボロノイ分割に対して安定なものは切頂八面体だけなのであるが,立方体や菱形十二面体は切頂八面体の辺を点に縮めることによって得られるので,頂点や辺だけで接している多面体を生じるというわけである.
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【6】表面積は小さく,体積は大きく
空間分割のひとつの例として石鹸の泡によるものがあり,昔から物理学者の研究の対象になってきた.石鹸の泡による空間分割に結びつく物理的作用はいうまでもなく表面積を極小化しようとする力(表面張力)であるから,ここでは細胞膜を作る素材の総量を一定なものと仮定してみよう.最小の素材の下で得られるべき利得を最大にすることは商業上重要というだけでなく,生物学分野でも合目的的な構築原理である.
等周定数(S^3/V^2)を用いて体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では
3√(S^3/V^2)=3√108√2=5.345・・・
切頂8面体型分割では
3√(S^3/V^2)=3/43√4(1+√12)=5.314・・・
と後者の方が約0.5%少なくなる.
このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は石鹸の泡による空間分割の力学的研究から切頂八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見した.
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