■病理形態学原論と・・・(その6)

 ところで,わたしは商売柄「がん細胞はどのような形をしているのか?」という質問をよく受けます.即座に「14面体」と答えることにしているのですが,これは決してあてずっぽうとか予想・予言の類ではありません。

 ザクロ,ハチの巣,石鹸の泡などのように,空間がある立体(多面体)によって分割される空間分割は,生物と無生物を問わず,自然界に広く見られる現象ですが,多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことなどが知られています.本稿ではその科学的根拠について述べていくことにします.

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【1】形の物理学(科学者の目と詩人の心)

 構築模型の例として,雪がなぜ六角形をしているのだろうかという問題を考えてみよう.六花という異名をもつ雪では,水分子の結晶構造が六角を基本とするからこれがひとつの内因になっていることは間違いない.しかし,この六角形の基本単位を次々につけ足していったときに全体として六角形になるとは限らない.四角形にも不定形にもなり得るので他に理由を求めなければならないのだが,雪が六角形をとるという「形の物理学」の答えは完全には与えられていないのである.

  [参]小林禎作「雪ななぜ六角か」筑摩書房

 この原理を初めて見知ったひとはその形の美しさにまず驚くとともに,やがてナゼ?という疑問をもつに違いない.不思議さに魅せられたならばすでに「形の物理学」の問題領域である.

 多細胞からなる生体の構築の原理も然りである.生体の構築が遺伝情報とはまったく別の原理に基づいてどうしてこのような形にならざるを得ないか,ある原理からどの程度理論的に誘導できるかという点に対しては,これまでほとんど手のつけようがなかった問題領域である.

  [参]諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店

はそのような問題領域に対して,独自の視点から企画された著書である.あまり知られていない一冊ではあるが,科学者の目で自然を洞察し,詩人の心をもってペンを走らせたと思われる良書である.これから説明する「空間分割と14面体」は諏訪先生の研究の受け売りであること,本稿の記述内容も同書に負うところが大きいことを申し添えておきたい.

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【2】細胞組み上げの局所条件

 多細胞生物では細胞は密集し,それぞれの細胞の位置が決定されている.このような細胞の組み上げでは1点に4個の細胞が会し,1本の線の周りに3個の細胞が合するという普遍的な特色が認められる.立方格子を作るような形の積み上げでは1頂点に集まる多面体の数は8個になり,空間分割の局所条件は満足されないのである.

 多数のピンポン玉を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみても空間は多面体によって分割される.その際にも1点に4個の多面体が会し,1本の線の周りに3個の多面体が合する.逆にいえば,1本の辺は3個の多面体に共有され,1個の頂点は4個の多面体に共有される.これは生物であろうと無生物であろうとに関わりなく,すべて構造物について例外なく通用する物理学的な過程なのである.

 生体の構造は極めて精緻で複雑なものである.神秘に満ちた生体の構造にはDNAの差に基づくものが存在する半面,DNA情報の差にも関わらず共通になるものがあることを示している.これにより生物と無生物を境してきた壁が消失することになるが,このことは大きな驚きをもって受け容れなければならないことであろうと思う.

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