■病理形態学原論と・・・(その2)

 形態形成のバイオメカニズムについては,すでにダーシー・トムソンによる詳細な研究があり,その精緻な方法論は「生物のかたち」(東京大学出版会)に集約されています.本邦において,この種の研究を専門とする研究者は極めて少数であり,日本の形態学は非常に立ちおくれていると思っておりました.

 

 ところが,諏訪紀夫「病理形態学原論」(岩波書店)を知るに至り大変な感銘を受けました.私の知る限り,諏訪先生の優れた業績はこの種の研究としてはもっとも完成度の高いもので,その理論的解析はすでに行き着くところに行き着いているという感さえあります.これから説明する「空間分割と14面体」は氏の研究の受け売りであること,このコラムの内容も同書に負うところが大きいことをお断りしておきます.

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球がある限られた空間内に乱雑に配置された状態では,理論的には計算できず実測にたよることになります.乱雑配置の場合,接触数の平均は約8.5,空間充填率は約63.6%という実測値が求められています.

 つぎに,乱雑配置状態で等方的に圧縮すると,空間は多面体によって分割充填されることになります.この状態を球のrandom packingといいます.random packingには,randomとはいっても,いくつかの重要な規則性がみられます.たとえば,球をrandom packingしたときの多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことなどが知られています.したがって,random packingという用語は誤解を招きやすく,あまり適当なものではありません.しかしながら,面の数などは一義的には決まらず,統計的にしか扱えないというのがrandomの所以であり,空間分割の幾何学的研究を困難としている最大の原因となっています.

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 ザクロ,ハチの巣,石鹸の泡などのように,空間がある立体(多面体)によって分割される空間分割は,生物と無生物を問わず,自然界に広く見られる現象です.生物材料や石鹸の泡などでは,14面体の空間分割構造が実際に観察されますが,ここでは14面体が得られる理由について考えてみることにしましょう.

 

 分割多面体の面数fがどの範囲におさまるかを証明することは困難と思われますが,6〜12までの接触数のすべての場合を通じて,接触球が規則的な配置をとる仮定すれば,面の数fは最大18,最小10であることが誘導されます.したがって,等しい大きさの球のrandom packingから出発する分割多面体の面数f=14±4という値は,14面体が最も多いとする実験的研究から得られた値を裏付ける1つの根拠を与えてくれます.

 空間分割では,3つの界面が交わって1つの稜線,4つの稜線が集まって1つの頂点が構成されます.その際,多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれv,e,fとすると,

  v+f=e+2   (オイラーの多面体定理)

が成り立ちます.そして分割多面体では1個の頂点に3本の辺が集まり,また1本の辺は2個の頂点を結びますから,

  2e=3v

これを用いて整理すれば

  v=2(f−2)

  e=3(f−2)

となります.つまり,面の数fが与えられれば辺数eと頂点数vは一義的に決まる性質をもっており,また頂点数vは必ず偶数になることもわかります.

 以下,14面体の幾何学的性質について少し調べてみましょう.ここで,f=14とおくと,v=24,e=36となります.つぎに,面が何角形になるかを求めてみると,これはもちろん1通りではありませんが,1本の辺は2個の面によって共有されることを考慮し,各頂点に平均してp角形がq面が会するとすると,pf=2e,qv=2eより,その平均辺数pと平均会合面数qは

  p=2e/f=5.14・・・

  q=2e/v=3

を得ることができます.このことから,14面体の面のかたちについては,必然的に辺数5を中心とする分布をなすことはが示唆されます.このことは,経験的に5角形の頻度が最も高いという観察結果に一致しますが,後にこれが重要な意味をもってきます.

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