■レムニスケートの幾何学(その112)

 三角関数は周期2πをもつ一変数一周期の実関数です(sin(x+2π)=sinx).他の周期はその整数倍2nπですから二重周期ではありません.指数関数exp(x)も複素数の世界にはいると,オイラーの等式

  exp(2πi)=1

よりexp(z+2πi)=exp(z)ですから周期2πiをもちますが,これも単周期関数です.

 ところが,アーベルとヤコビは一変数二重周期の複素関数,すなわち,

  f(z+p+q)=f(z+p)=f(z+q)=f(z)

を満たすような関数を発見し,さらに,ヤコビは二変数四重周期の関数

  f(z+a+b,w+c+d)=f(z,w)

を発見しています.このように,複素関数のなかには2重周期をもつものがありますが,これはドーナツ面(円環面)上の関数と見ることができます.なぜなら,ドーナツ面は環状に並べられた円と考えることができるからです.

 ヤコビの楕円関数sn,cn,dnを三角関数に対応する2重周期関数とするならば,ヤコビのテータ関数は指数関数に対応する擬2重周期関数です.保型形式やq展開(変数qはモジュラー関数の計算では常に登場する)との関連で,今回はヤコビのテータ関数について説明することにしますが,不思議なことにテータ関数は数学のみならず物理とも深く関わっています.

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【1】テータ関数の定義

 まず,テータ関数の導入と定義にあたって,複素平面上の関数で,

  (1)f(z+1)=f(z)

  (2)f(z+τ)=ω(z)f(z)

を満足するものと考えることにします.(1)はfが周期Zをもつこと,(2)はτZは周期とはならないが,それに近いものであることを意味します.リウヴィルの定理により,2重周期を有する正則な関数は定数しかないので,2重周期性を少し緩めて定数でない関数を求めようという発想です.

 (1)(2)より

  ω(z)f(z)=f(z+τ)=f(z+1+τ)=ω(z+1)f(z+1)=ω(z+1)f(z)

したがって,ω(z+1)=ω(z)でなければなりませんから,

  ω(z)=cexp(−2πiz)

なる関数を採用することにします.

 一方,周期性の定義(1)より,q=exp(2πinz)のベキ級数としてフーリエ展開をもつので,(1)をフーリエ変換すると

  f(z)=Σanexp(2πinz)

また,

  Σanexp(2πin(z+τ))=f(z+τ)=ω(z)f(z)=cexp(−2πiz)Σanexp(2πinz)=cΣanexp(2πi(n−1)z)=cΣan+1exp(2πinz)

 ここで,exp(2πinz)の係数を比較すると,can+1=anexp(2πinτ),a0=1とおくと一般に

  an=c^(-n)exp(πin(n−1)τ)

となります.

 さらに,q=exp(πiτ),c=q^(-1)とおくことによって,an=q^(n^2),したがって,

  f(z)=Σq^(n^2)exp(2πinz)

あるいは,y=exp(πiz)とおくと

  f(z)=Σq^(n^2)y^(2n)

となります.

 これがθ3(z)の定義ですが,三角関数を用いると

  θ3(z)=Σq^(n^2)y^(2n)

       =1+2Σq^(n^2)cos(2nπz)

とも表されます.

 テータ関数は2変数z,τ(あるいはy,q)の関数なのですが,文献によっては

  q=exp(2πiτ)

  y=exp(2πiz)

としていることもあるので注意してください.

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 ヤコビが定義したテータ関数はθ3を含めて4つあります.

  θ4(z)=Σ(-1)^nq^(n^2)y^(2n)

     =1+2Σ(-1)^nq^(n^2)cos(2nπz)

  θ2(z)=Σq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)

     =2Σq^((n+1/2)^2)cos(2n+1)πz

  θ1(z)=1/iΣ(-1)^nq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)

     =2Σ(-1)^nq^((n+1/2)^2)sin(2n+1)πz

 qの指数は整数Zや半整数Z+1/2の2乗ですが,このことから整数あるいは半整数のつくる1次元格子上の2次形式と理解することができます.そして,整数・半整数,交代・非交代の組合せから4つのテータ関数が定義されるというわけです.

 テータ関数はz+1,z+τに対して

  θ3(z+1)=θ3(z),θ3(z+τ)=Aθ3(z)

  θ4(z+1)=θ4(z),θ4(z+τ)=−Aθ4(z)

  θ2(z+1)=−θ2(z),θ2(z+τ)=Aθ2(z)

  θ1(z+1)=−θ1(z),θ1(z+τ)=−Aθ1(z)

    ここで,A=q^(-1)y^(-2)

 z+1/2,z+τ/2,z+1/2+τ/2に対して

  θ3→ θ4    Bθ2   iBθ1

  θ4→ θ3   iBθ1    Bθ2

  θ2→−θ1    Bθ3  −iBθ4

  θ1→ θ2   iBθ4    Bθ3   B=q^(-1/4)y^(-1)

を得ることができます.

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