■反例集(その14)
(その13)では,有名な不等式(←無名な等式)
(1)算術平均と幾何平均の不等式(←フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式)
を紹介したが,今回のコラムではそれと同等に有名な不等式(←無名な等式)
(2)コーシー・シュワルツの不等式(←ラグランジュの等式)
について紹介する.そこにも2次式の和の形ΣkP^2が出現するのである.
===================================
【1】ヒルベルトの定理
フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式により,
a1^n+a2^n+・・・+an^n−na1a2・・・an
を各項が非負値の和として表すことができることがわかっているが,特に2n次のとき,
F=x1^2n+x2^2n+・・・+x2n^2n−2nx1x2・・・x2n
=x1^2n+・・・+xn^2n−nx1^2・・・xn^2
+xn+1^2n+・・・+x2n^2n−nxn+1^2・・・x2n^2
+n(x1・・・xn−xn+1・・・x2n)^2
より,
F=ΣPi^2
を示すことができる.
この定理は,
a^4+b^4+c^4+d^4-4abcd
a^6+b^6+c^6+d^6+e^6+f^6-6abcdef
が多項式の平方の和となることを保証するものである.たとえば,
x^4+y^4+z^4+w^4−4xyzw
=(x^2−y^2)^2+(z^2−w^2)^2+2(xy−zw)^2
は3個の多項式の平方の和である.
また,
x^6+y^6+z^6+u^6+v^6+w^6−6xyzuvw
=1/2(x^2+y^2+z^2){(y^2−z^2)^2+(z^2−x^2)^2+(x^2−y^2)^2}+1/2(u^2+v^2+w^2){(v^2−w^2)^2+(w^2−u^2)^2+(u^2−v^2)^2}+3(xyz−uvw)^2
は19個の多項式の平方の和である.
a^4+b^4+c^4+d^4-4abcd
=P1(a-b)^2+P2(a-c)^2+P3(a-d)^2+P4(b-c)^2+P5(b-d)^2+P6(c-d)^2
であることは保証してないのであるが,abcdの項が出現するためには(ab-cd)または(ac-bd)の平方の項が出現しなければないのだろうか?
ところで,この定理では,2n変数の2n次正定値形式
F=n{A(a^2n)−G(a^2n)}
がいくつかの多項式Piを用いて
F=ΣPi^2
と表されることをみたが,それでは2n変数の2n次正定値形式Fはすべてこのように表されるのだろうか?
すなわち,次なる問題はどのようなFがいくつかの多項式Piを用いて
F=ΣPi^2
と表されるかという問題である.
この問題はヒルベルトによって完全に解決されていて,Fの次数を2nとし,変数の数をmとした場合,
(1)m=2,nは任意
(2)mは任意,2n=2
(3)m=3,2n=4
は実数係数2次形式の和で表されるが,これ以外のものについては表されないものが存在するという結論である.
===================================
【2】ラグランジュの恒等式
(2)は任意の2次形式は2次形式であるという当たり前のことをいっているに過ぎないと思われるかもしれないが,この節ではmは任意,2n=4の具体的な例として「ラグランジュの恒等式」を挙げてみたい.
F=(a1^2+a2^2+・・・+an^2)(b1^2+b2^2+・・・+bn^2)−(a1b1+a2b2+・・・+anbn)^2
=(a1b2−a2b1)^2+(a1b3−a3b1)^2+・・・+(a1bn−anb1)^2
+(a2b3−a3b2)^2+・・・+(a2bn−anb2)^2
+・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
+(an-1bn−anbn-1)^2
すなわち
(Σai^2)(Σbi^2)−(Σaibi)^2=1/2Σ(aibj−ajbi)^2 あるいは(i<j)として
(Σai^2)(Σbi^2)−(Σaibi)^2=Σ(aibj−ajbi)^2
右辺はn^2個あるいはn(n−1)/2個の多項式の平方の和である.
コーシー・シュワルツの不等式
(Σai^2)(Σbi^2)≧(Σaibi)^2
はラグランジュの恒等式から自明であろう.この有名な不等式は角の余弦値は1以下であることの幾何学的表現と解釈することができる.したがって,等号はベクトルが(同じ向きか反対向きで)平行であるとき,すなわち
a1/b1=a2/b2=・・・=an/bn
のときに限られる.
なお,各々の和に対応する平均値に置き換えてもコーシー・シュワルツの不等式は成り立つ.
(1/nΣai^2)(1/nΣbi^2)≧(1/nΣaibi)^2
===================================