■研究者の責任(その6)

 研究をする動機は人さまざまでしょう.競争心や負けん気から,または名誉心・功名心から,一身の栄達・地位を確保するため,あるいは人に忘れ去れぬため,等々.どのような動機にせよ,よい仕事の生まれることもあるでしょうから,人間の営みである以上,競争心や功名心も一概に排斥すべきではないでしょう.

 私の学兄I氏の場合,彼は自分の学問とはかけ離れた分野のことであっても,完全には理解できないまでも,その重要性だけは認識できるタイプの研究者でした.すなわち,名伯楽の素質を備えていたのですが,彼自身に伯楽の椅子(ジッツ)はとうとう与えられることはなく,その後は屈折した生活(彼自身の言葉を借りれば食いつめ浪人)を送るはめになりました.

 昭和56年に私とともに大学から放逐されたのですが,昨年末に眼底動脈瘤破裂で眼底出血となってもなお水俣病の研究を継続しています.これも彼自身の言葉を借りれば完遂せずには死にきれないというのです.

 水俣病をご存知のない方に少し解説を入れておきますが,戦後の荒廃した国土を再建するためには食糧の増産が不可欠でした.そのためには窒素肥料の合成が必要ですが,水銀触媒を用いるとその合成量が飛躍的に向上します.それが結果的に水俣湾を有機水銀で汚染するはめになってしまった事件です.

 これは事故ではなくれっきとした事件です.鉱毒事件はそれ以前にもありましたから,「官民」ともにまったく反省がなされていなかったことに問題があるのです.また,水銀触媒による窒素肥料合成法は東大の学位論文だったのですが,人知れず学位論文のリストから抹消されていたことも明らかになりました.「学」の責任逃れというわけです.

 無論,学兄I氏は水銀中毒の当事者ではありません.研究者として従事していた本来は学者肌の人ですが,同時にジャーナリスティックな時代感覚をもっていて,鋭い社会論評もよく彼の才能を証明しています.それが自分自身の責任も含め,当時から現在に至るまでの官民学の責任の所在を明らかにしておきたいと考えたのです.

 しかし,このような幅の広い才能は,学問の世界でも,現実的な世界でも居心地の悪い思いをするものであって,さっさと大学から放逐されてしまった.しかし,彼は引退することなく,研究者としての負い目から細々と研究を継続していたのです.

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 ところで,現在都知事選の真っ最中ですが,二人の元総理が老骨にムチをうち出馬しています.マスコミはエネルギーの安定供給や日本の経済状態を考慮せずやみくもに原発廃止だけを訴える老人の乱心のように書いていますが,本当にそうなのでしょうか?

 私には,彼等も(水俣ではないにせよ,多くの犠牲を生んだ広島とか沖縄とか)何らかの負い目を抱えていて,結構純粋な気持ちで選挙にあたっているようにも思われるのです.単なる功名心や権力志向から起こったものだとはいい切れないところがあり,そう考えれば彼等の気持ちはよく理解できるのはないでしょうか?

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