■空間充填多面体(その4)

【5】3次元格子のボロノイ領域

 まず,簡単な縄張りのモデルを考えてみましょう.草原のいくつかの巣穴にネズミが一匹ずつ棲んでいるとする.個々の縄張りが単独で存在するとき,縄張りはほぼ円であると考えることができますが,個体密度が次第に高くなってくると,縄張り所有者は互いに侵入者を追い払おうとしますから,縄張り間に境界が生じます.二匹のネズミの力に差がないとき,境界線は隣り合った2つの巣穴を結ぶ線分の垂直二等分線になり,そして,個体密度が十分高くなると,結局,棲息地はいくつかの凸多角形で分割されることになるのです.

 このように,はじめに点の分布(母点)があって,隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分線を次々に引いていくことによりできる多角形パターンは,ディリクレ領域またはボロノイ領域と呼ばれます.この概念は,はじめディリクレによって2次元で提出され(1850年),その後,ボロノイによって3次元に拡張されました(1908年).

 研究分野によりいろいろな呼び名が使われていて,たとえば,地理学分野ではティーセン多角形と呼ばれていますし,物性物理学分野では,ウィグナー・ザイツセルという呼び名も用いられています.細胞(セル)の図と非常に似ているためでしょう.このように,ボロノイ分割は大勢の人が考えついて,しかも,いろいろな分野で独立に使われだしたようです.

 ディリクレ領域の概念は3次元にも一般化できます.3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類あるのですが,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(正6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかありません.

 平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,このうち,6角柱と菱形12面体は4次元立方体を3次元に投影したもの,長菱形12面体は5次元立方体を,切頂8面体は6次元立方体を3次元に投影したものと一致しています.

 平行多面体は,結晶構造と深く関係していて,それぞれ,単純立方格子,六方格子,面心立方格子,底心格子(直方体の8個の頂点と上面・下面の面の中心に原子が配置されている構造),体心立方格子に対応するボロノイ領域です.これら5種類の平行多面体は,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていませんが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以です.

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