■ケプラーの球体充填問題(その2)
2000年の記事を再掲
【高次元のパラドックス】
人間の直観や勘は3次元までの世界では働きますが,4次元以上の高次元についてはあまり働かないのが普通です.次のような逆説をあげておきます.
n次元ユークリッド空間において,1辺の長さが1の立方体をn次元単位立方体といいます.その体積は1ですが,もっとも離れた2頂点を結ぶ対角線の長さはn次元ユークリッド空間の距離の定義から
√1^2+1^2+・・・+1^2=√n
となります.したがって,次元nが大きくなると対角線の長さはどんどん大きくなり,ついには地球でさえ含むことができるようになります.
それに対して,n次元単位球はどんなに次元が高くても,長さが2より大きな線分を含むことはできません.また,n次元単位球の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.nが整数のとき,実際にVnの値を計算してみると,超球の体積はn=5のとき最大8π^2/15=5.2637・・・となり,以後は減少します.そして,不思議なことに,単位球の体積はn→∞のとき0に収束するのです.
n Vn
1 2
2 3.14
3 4.19
4 4.93
5 5.263
6 5.167
7 4.72
8 4.06
9 3.30
10 2.55
また,このことから,n次元超立方体[-1,1]n(体積2^n)において,単位超球が占める比率は,n=2であればπ/4(79%)であるが,n=5のときは16%に下落し,n=10となると0.25%になることも理解されます.ここで重要なのは,単位超球を超立方体中に置くと,次元が大きくなるにつれて隙間がより大きくなる点です.
辺の長さが4の正方形に4つの単位円板を詰めると,4つの円板で囲まれた部分に,第5の小さな円を入れることができます.また,辺の長さが4の立方体の8つのカドに単位球を8個詰めると,中にできる隙間に第9の小さな球を入れることができます.ピタゴラスの定理によって第5の円,第9の球の半径はそれぞれ√2−1,√3−1だとわかります.
これと同じことを4次元以上の空間で行うことができます.もはやイメージすることは不可能ですが,1辺の長さが4の4次元超立方体の16個のカドに16個の単位球を詰めると,中の隙間には半径√4−1=1の4次元超球(すなわち単位球)が入ります.同様に,1辺の長さが4のn次元超立方体の2n個のカドに単位球を詰めると,中の隙間に半径√n−1のn次元超球が詰められるのです.
しかし,ここの驚きが潜んでいます.たとえば,n=9の場合,中に詰められるn次元超球の半径は√9−1=2であり,この球は外側の立方体の表面に接してしまい,n>9だとはみ出してしまうのです.この驚くべき結論は,日常生活ではありえないだけに面食らってしまいます.
球の詰め込みに関するこのはみ出し現象は,モーザーのパラドックスとして知られているものですが,このように,高次元はいくつかのパラドックスの源泉になっていて,しばしばたちの悪い現象が起こるのです.
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