■相転移の幾何学(その30)
平行多面体についての第1の問題はまずどれだけの種類があるかであるが,1885年,ロシアの結晶学者フェドロフによって,5種類(立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体)しかないことが証明されている.これら5種類の図形は5種類の正多面体(正四面体,立方体,正八面体,正12面体,正20面体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる.
GWの朝日新聞の科学欄に,平行多面体の元素=「ペンタドロン」の記事が取り上げられたが,この記事は平行多面体に隠された性質の半面しか伝えていない.ここでは残りの半面について申し添えておきたい.
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【1】平行多面体の粒子性
3次元結晶は230種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.これでもかなりの数だが,これは細分類であって,大分類するために少し目線を引いて結晶格子を遠くからみてみると,わずか5種類に収束することにに気づく.これらが平行多面体であって,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる形になっている.
ところで,結晶格子は不変ではなく,たとえば金属結晶に鍛冶(高エネルギー下で変形させる)を施すと面心立方格子(菱形12面体)から体心立方格子(切頂8面体)に移行する(相転移).ミクロな物理現象では個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないから,状態移行を説明するモデルが必要になるが,その途中を仲介する多面体が存在するはずであると考えるのは自然な発想であろう.それがペンタドロンである.
ペンタドロンがもつ意味は非常に深淵である.この世の中のすべての形がたった1種類の多面体から生み出されているといってもいいからだ.
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【2】平行多面体の波動性
量子力学の教えるところによれば,粒子という見方と波動という見方の双方の正当性を主張している.たとえば,電子は単なる粒子でも単なる波でもなく,粒子であると同時に空間に広がる波(wavicle=wave+particle)であって,1個の電子は軌道をもつというよりも原子核を取り巻く雲のような存在である.まるで雲をつかむような話に聞こえるかもしれないが,相転移などミクロな物理現象は粒子性と波動性の二重性格をもっていて,理解しにくい二重人格者なのである.
波は膨張したり収縮したり「変身」するもの,粒子は「変身」しないものをイメージしていただきたい.そうすると,相転移の粒子性を解き明かすためのモデルが「ペンタドロン」であって,一方,波動性のメカニズムを解明するためのモデルが平行多面体同士の「変身立体」と考えられるのである.
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秋山仁先生の講演では「キツネヘビ」のような小道具を使って菱形十二面体,切頂八面体の体積を求めている.菱形十二面体と直方体の間の変身が「キツネヘビ」,切頂八面体と直方体の間の変身が「ブタハム」なのであるが,このとき多面体の形が変形するばかりでなく,菱形十二面体,切頂八面体の表面が直方体の内部に隠れることを利用して,黄色(キタキツネ)を緑(ヘビ)に変色させ,キタキツネが一瞬にしてヘビに飲み込まれる恐怖の瞬間を表現している.
秋山先生は空間充填形同士の変身を作られているが,変身立体では,平行多面体Aの表面は平行多面体Bの内部に移り,平行多面体Bの表面は平行多面体Aの内部の点から構成されている表裏翻転図形を考える.その際,平行多面体Bの表面は平行多面体Aの内部の点だけから構成されている場合を強変身,そうでない場合を弱変身と呼ぶことにする.
つい最近,秋山仁先生は
[1]平行多面体Aは平行多面体Aに自己強変身できること(5通り)
[2]平行多面体Aは平行多面体Bに別種強変身できること(10通り)
を発見した.つまり,平行多面体同士はすべて強変身可能なのである.
相転移の状態移行では元素の並進運動と同時に空間の連続的な運動が起こらなければならない.ペンタドロンは相転移のメカニズムを粒子性の面から解き明かしてくれるが,このフリップ・フロップモデルは波動性の面から解き明かしてくれる優れた相転移模型と考えられる.究極の構成原理といってもよいであろう.
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