■相転移の幾何学(その4)
金属結晶の格子は不変ではなく,鍛冶(高エネルギー下で変形させる)を施すと面心立方格子から体心立方格子に移行する.これは最密充填と最疎被覆の間の相転移と考えられ,対応するボロノイ細胞は菱形12面体から切頂8面体へと再編される.
相転移の状態移行では元素の並進運動と同時に空間の連続的な運動が起こらなければならない.ミクロな物理現象では個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないから,状態移行を説明するモデルが必要になる.また,すべての相転移に通用する原理があるはずであるが,この仕組みはまだ解明されていない.まるで科学者に対して挑んでいるかのように思える.
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【1】結晶と平行多面体
結晶は230種類あることが知られている.空間での等長変換は平行移動,回転,並進回転,鏡映,すべり鏡映,回転鏡映,恒等変換の7種類であるから,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれてあるが,変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからである.
230種類にせよ219種類にせよ,これでもかなりの数だが,少し目線を引いて結晶格子を遠くからみてみよう.じっと眺めていると面白い事実に気づく.いつも特定の形の凸多面体が現れるのである.ここで現れる結晶格子に対応する本質的な配置はディリクレ領域と呼ばれるものであるが,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる形(平行多面体)になっている.
平行多面体についての第1の問題は,まずどれだけの種類があるかであるが,ロシアの結晶学者フェドロフによって,5種類の平行多面体−−立方体(PP),6角柱(HP),菱形12面体(RD),長菱形12面体(ERD),切頂8面体(T0)−−しかないことが証明されている(1885年).これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.以下,結晶の替わりに平行多面体を考えることにしたい.
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【2】相転移の波動モデル(平行多面体の変身)
デュドニーは正三角形が一瞬にして正方形に等積変形するパズルを提案した.その際,正三角形の表面は正方形の内部に移り,正方形の表面は正三角形の内部の点から構成されている.
これは2次元変身の例であるが,3次元図形である平行多面体でもこのような表裏翻転(15種類)が可能であることが示される.たとえば,菱形十二面体と切頂八面体の間の相互移行が可能な立体蝶番返しを作ることができれば(パズル愛好家がよろこぶものになるばかりでなく)直接,最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムをある程度解き明かしてくれるのではないかと考えられる.
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【3】相転移の波動モデル(平行多面体の元素)
[Q]何種類か凸多面体を用いて,すべての平行多面体を作りたい.その種類の最小数は何か?
この問題を平行多面体元素問題と呼ぶことにするが,その答えは驚くべきことに「1」である(平行多面体の元素数は1である).その5面体ピースをσで表し,ペンタドロンと呼ぶことにするが,立方体はσ12,6角柱はσ36,菱形12面体はσ192,長菱形12面体はσ384,切頂8面体はσ48という分子構造になっている.
この事実の確認は非常に簡単である.実際に構成することができるからだ.しかし,ペンタドロンももつ意味は非常に深淵である.この世の中のすべての形がたった1種類の多面体から生み出されているからだ.究極の構成原理といってもよいであろう.
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【4】まとめ
波は膨張したり収縮したり「変身」するもの,粒子は「変身」しないものをイメージしていただきたい.そうすると,相転移の粒子性を解き明かすためのモデルが「ペンタドロン」であって,一方,波動性のメカニズムを解明するためのモデルが平行多面体同士の「変身立体」と考えられるのである.
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