■n軸構造(その12)
コラム「n次元のダイヤモンド」では「炭素の同素体」について,n=0〜3の場合,すなわち,
(1)3次元・・・ダイヤモンド
(2)2次元・・・グラファイト
(3)1次元・・・カーボン・ナノチューブ,カルバイン
(4)0次元・・・フラーレン(C60),カーボンオニオン
を取り上げた.それぞれ結晶構造は異なっているが,さらに新しい構造の炭素物質が誕生しようとしている.
発端は砂田利一先生(明治大学)が昨年発表した新しい幾何学構造「K4」である.ダイヤモンドが備える完全対称性と等方性の2つの特徴をもつ結晶がほかにただひとつあることを砂田先生は発見.それがK4であるが,K4結晶はダイヤモンドの数学的双子と考えられるのである.
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【1】ダイヤモンド格子とK4格子
ダイヤモンド格子は正四面体の重心と頂点に位置する.すべての頂点の次数は4で(sp3混成),ダイヤモンドの最大周期格子は面心立方格子A3である.正四面体状球配置の密度はπ√3/16=0.340であり,面心立方格子状の最密球配置:π√2/6=0.74,立方体状球配置:π/6=0.524に較べて疎であるが,炭素原子からはそれぞれ4本の手がでていて,隣り合う4点と2本の手を共有しできる限り対称的なものを作り上げていることになる.
K4格子の名前の由来になったのは完全グラフK4であって,すべての2頂点が必ずひとつの辺で結ばれる4つの頂点からなるグラフのことである.K4格子のすべての頂点の次数は3である.ダイヤモンド結晶が6角形の連なりからできているのに対し,K4結晶では10員環からなる網の目がみられる.
珪化ストロンチウム(SrSi)はSiのカゴ状構造中のなかにSrが取り込まれた形をしていて,珪素原子の配列はK4結晶構造をとる.すなわち,珪素原子間の結合で一番近いのを繋ぐと全部3本になるが,この構造を炭素でつくれないだろうかというのは自然な発想であろう.ダイヤモンド結晶が存在するのだから,K4結晶が現実の存在しても不思議ではない.
炭素元素の原子価は4であることからすべてが炭素原子のみから構成されるためには二重結合が必要になる(sp2混成).sp2で繋がった3次元の炭素K4結晶のシミュレーションの結果,電気を通す金属としての性質があることがわかったそうである.構造が安定であることから機械構造物の骨組みとして使えば金属材料を使うより軽くできることも計算でわかった.
[参]Itoh M. New Metallic carbon Crystal, Physical Review Letters 102, 055703 (2009)
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【2】雑感
K4結晶では10員環からなる網の目がみられる.このつなぎ方はは中川宏さんがすでに見つけている切稜立方体(=切頂菱形12面体)の積み木模型とそっくり同じものである.
したがって,K4結晶=空間充填18面体=4軸構造という図式が成り立つ.にもかかわらず,この木工模型を眼にした誰もがK4結晶と同じだということに気がつかなかった.中川さんの作品を見逃していたのはまさに灯台下暗しであるが,立体感のない図を見ただけで同じ立体だと気づくのがいかに難しいかという教訓であろう.
なお,1977年に化学者のウェルズが珪化ストロンチウムの構造解析を行い,K4格子がすでに物質として実在することがわかっている.ウェルズはK4結晶だけでなく,ねじれ正多面体(4角5片,3角7片,3角8片,3角9片,3角10片,3角12片)なども自らの手で発見している.
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【補】ねじれ正多面体の発見
1926年,ペトリーとコクセターは3つのねじれ正多面体(正スポンジ)を発見した(ペトリーが4角6片,6角4片ねじれ正多面体の2つ,コクセターが6角6片ねじれ正多面体の1つ).コクセターはこの種の正則形状が3つしかないことを証明している.
ねじれ正多面体は空間全体を2分割し,一方から他方へはどこかの面を突き抜けない限りいくことができないという性質をもつため,天文学に応用されている.ねじれ正多面体では内側と外側が同じ構造なのである.
ゴットはその発見から40年近く遅れて,18才のときに同じ3つの形状を再発見した.さらに,正則性の条件を緩くすることによって新しい4つのねじれ正多面体(5角5片,4角5片,3角8片,3角10片)を発見した.ゴットはそれ以来ずっと幾何学の問題に魅せられて天文学者になった.その後,化学者のウェルズがゴットと全く同じ正則性の条件に基づいて,別のねじれ正多面体を発見した.
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