■準周期的構造(その8)

【1】結晶と準結晶

 互いに合同な正三角形,正方形,正六角形は,平面をタイル貼りのように隙間なく埋め尽くすことができる.このうち正方形は碁盤,正六角形は蜂の巣などでおなじみであろう.しかし,七角以上になるとどんな正n角形でも平面充填はうまくいかなくなる.共通の頂点に集まる内角の和が360°にならないからだ.

 それでは正五角形の場合はどうなるのか,平面上で正五角形を連結させてみよう.正五角形を10枚丸く並べるとちょうどひとつの輪になり,正10角形の隙間が残る(デューラー・パターン).また,正五角形を5枚を星形5角形の隙間が残るように並べることもできる(ケプラー・パターン).正10角形の隙間に可能な限り正五角形を詰め込むと,菱形や星形5角形の隙間が残る非周期的な平面充填ができあがる(ペンローズ・パターン).ともあれ平面上で正五角形を配列させるとどうしても隙間を生ずるのである.

 要素を配置するときの規則によって周期的配置(結晶),乱雑配置,準結晶的配置の3種類に分類される.準結晶とは厳密な規則によって配列が一意に決定されるが,周期的ではない配置である.ここでは,1種類のブロックを「平行移動」させて空間を隙間なく埋め尽くすことができるものを「結晶」,隙間を残しながら配列させることのできるものを「準結晶」と呼ぶことにする(実はこれにはボロノイ細胞,ディリクレ細胞,ブルユアン帯,ウィグナー・ザイツ細胞,ティーセン図形など研究分野によりいろいろな呼び名が使われているため,ここでは結晶を用いることにした).正三角形は平面充填形であるが回転が必要となるので結晶ではない.結晶の定義に合致するのは正方形,正六角形に限られ,正五角形は準結晶ということになる.

 平行多面体を空間結晶と定義するが,空間結晶には本質的に立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかないことが証明されている(フェドロフの平行多面体,1885年).立方体や菱形12面体は結晶であるが,正12面体や菱形30面体は準結晶である.

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[補]5回対称性を示す結晶

 3次元空間の敷き詰め<結晶>についてみていきましょう.結晶学の常識では,原子が周期的に配列した結晶物質では2重,3重,4重,6重の対称性しか許されないというのが鉄則・大前提になっていました.なぜ5重,7重,8重などの対称が結晶に存在し得ないかは正五角形は平面を埋めつくすことができないことから容易に理解されるところです.3次元では5回対称軸をもつ正五角形の役割を正12面体や正20面体が果たしますが,正五角形が平面充填形でないのと同様に正12面体・正20面体は空間充填形ではありません.

 ところが,1984年に5重の対称性を示す物質(アルミニウムとマンガンの人工合金)がアメリカのシェヒトマンによって発見され,結晶学の根底は揺るがされ,この大前提は覆されました.それはあたかも誰かが5角形の雪の結晶を発見したような事件であったのです.この物質はペンローズのタイル貼りと密接に関係していて,ペンローズが始めた5重の対称性をもつ敷きつめを3次元空間に一般化したものであり,ある規則性をもちながら周期配列をしないことから,準周期的結晶,あるいは簡単に準結晶と呼ばれます.

 その当時,結晶とアモルファスの両方の物質の状態を共有しそのどちらでもない新しい状態があると思っている人はごく少なかったのですが,この準結晶は両方の性質をもっています.準結晶は物質の性質を変化させ,多くの場合,物質を硬化させます.

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[補]同じ形の多角形のタイルで床を敷き詰める場合を考えると分かりますが,それは5角形や7角形またはそれ以上の辺数の多角形ではあり得ない−−−と思われていたのですが,実際に,5回対称性を示すものには黄鉄鉱やフラーレンC60などがあります.また,ホウ素の単体の中には変わり種がたくさんあり,正20面体上にホウ素原子が12個ずつ結合したものがあるなど,5回対称性が自然界に実在する例が以前から知られていたのですが,それは例外であって,それまで知られていた結晶格子はすべて正四面体,立方体,正八面体から導かれていたのです.

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