■リー群と表現(その21)

【3】クリフォード代数

 

 クリフォード代数とは,反対称交換関係

  [Γi,Γj]=ΓiΓj+ΓjΓi=2δij

満たす行列Γの組のことで,δはクロネッカーのデルタです.

  δij=E(i=j)

    =0(i≠j)

 

 交換子積

  [X,Y]=XY−YX

は行列の積の非可換性を図るためのものなのですが,物理学における超対称性変換はリー環をなさないので,2つの超対称変換の非可換性を図るには交換子でなくて,反交換子を使う必要がでてきます.

 

 クリフォード代数の具体例をあげるために,コラム「因数分解の算法(その2)」から以下の部分を再録してみます.

 

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[1]パウリ行列

 

 行列を使うと円に相当するx^2+y^2が因数分解できたわけですから,さらに行列を使って球に相当するx^2+y^2+z^2も分解してみたい・・・.そして実際に,

  x^2+y^2+z^2

の因数分解を可能にするのが「パウリ行列」です.

 

 パウリ行列は

  σx=[0,1]   σy=[0,−i]   σz=[1, 0]

     [1,0]      [i, 0]      [0,−1]

の3組の2×2行列で与えられるのですが,いずれも2乗すると単位行列になります.

  σx^2=E2,σy^2=E2,σz^2=E2

 

 また,行列のかけ算は非可換なのですが,パウリ行列では,

  σxσy=iσz,σyσx=−iσz

のように符号が逆となり,

  σxσy+σyσx=O(ゼロ行列)

  σxσy−σyσx=2iσz

のような関係が成立します.

 

 ここで,行列

  xσx+yσy+zσz=[   z,x−yi]

             [x+yi,  −z]

を考え,この行列を2乗してみます.すると,

  (xσx+yσy+zσz)^2=[x^2+y^2+z^2,0]

                [0,x^2+y^2+z^2]

  =(x^2+y^2+z^2)E

 

 結局,(x^2+y^2+z^2)Eという行列は,(xσx+yσy+zσz)^2に分解できたことになります.4元数を使わないとできなかった因数分解が,行列を利用すると分解できるトリックは,行列の成分として虚数単位を含んでいるうえに,行列自体にも虚数の働きがあり,普通の数にはない機能を2重に使っているからと考えられます.

 

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[2]ディラック行列

 

 パウリの行列において

  x^2+y^2+z^2=r^2 は3次元空間での球に相当するわけですが,歴史的にはパウリが基本粒子のスピンを数学的に表現するために考案したものです.この考えがヒントになって,ディラックが4次元時空における時間の項を加えた

  x^2+y^2+z^2+t^2

を因数分解するために「ディラック行列」を使いました.

 

  αx=[0,0,0,1]  αy=[0, 0,0,−i]

     [0,0,1,0]     [0, 0,i, 0]

     [0,1,0,0]     [0,−i,0, 0]

     [1,0,0,0]     [i, 0,0, 0]

 

  αz=[0, 0,1, 0]  β=[1,0, 0, 0]

     [0, 0,0,−1]    [0,1, 0, 0]

     [1, 0,0, 0]    [0,0,−1, 0]

     [0,−1,0, 0]    [0,0, 0,−1]

 

 これらの4組の2×2行列をディラック行列と呼ぶのですが,前項と同様に,

  xαx+yαy+zαz+tβ

 =[ t,  0,  z, x−yi]

  [ 0,  t, x+yi,−z ]

  [ z, x−yi,−t, 0  ]

  [x+yi,−z ,0,  −t ]

 

  (xαx+yαy+zαz+tβ)^2

 =[x^2+y^2+z^2+t^2,0,0,0]

  [0,x^2+y^2+z^2+t^2,0,0]

  [0,0,x^2+y^2+z^2+t^2,0]

  [0,0,0,x^2+y^2+z^2+t^2]

 =(x^2+y^2+z^2+t^2)E

という関係が確かめられます.これで,(x^2+y^2+z^2+t^2)Eという行列は,(xαx+yαy+zαz+tβ)^2に分解できることがわかりました.

 

 ちなみに,ディラック行列をパウリ行列で表現すると,

  αx=[0,σx]  αy=[0,σy]  αz=[0,σz]

     [σx,0]     [σy,0]     [σz,0]

 

  β=[E2, 0]

    [0,−E2]

 

  xαx+yαy+zαz+tβ=[tE2, xσx+yσy+zσz]

                [xσx+yσy+zσz,−tE2]

と表すことができます.

 

 このことから

  αx^2=E4,αy^2=E4,αz^2=E4,β^2=E4

 

  αxαy+αyαx=O(ゼロ行列)

  αxαy−αyαx=2i[σz,0]

            [0,σz]

  αxβ+βαx=O(ゼロ行列)

  αxβ−βαx=2[0,−σx]

          [σx, 0]

と計算されます.ディラック行列がパウリ行列に一工夫加えた様子を窺い知ることができるでしょう.

 

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 ここで述べたように,パウリ行列を

  σ1=[0,1]   σ2=[0,−i]   σ3=[1, 0]

     [1,0]      [i, 0]      [0,−1]

とすると,

  σiσj+σjσi=2δij

すなわち,

  σxσx+σyσy=2E2(ゼロ行列)

  σxσy+σyσx=O(ゼロ行列)

が確かめられます.

 

 パウリ行列に続いて

  γiγj+γjγi=2δij

を満たすγはn=4で実現しますが,それがディラック行列というわけです.

  αxαx+αyαy=E4

  αxαy+αyαx=O(ゼロ行列)

 

 ディラック行列にはいろいろな記法があって,4行4列のγを2行2列のσを使って

  γ0 =[iE2, 0]   γi =[0,σi]

     [0,−iE2]      [σi,0]

と表したもの,γ0=iγ4と置き換えたもの,あるいは

  β=[E2, 0]   αi =[0,  σi]

    [0,−E2]      [−iσi,0]

  β=−iγ0,αi=γ0γi

と定義して,このαiとβの4つで表したもの等々.

 

 ともあれ,

  ξiξj+ξjξi=2δij

なる関係式があれば,ξはクリフォード代数をなすというわけです.

 

 ここで述べたことはパウリ行列の一般化にほかならないのですが,物理学への応用についていえば,2次元複素空間の任意の基底ベクトル(スピノルと呼ばれる)は電子のスピン状態を記述するのに用いられ,また,クリフォード代数としての取り扱いの中から,スピンが半整数のフェルミ粒子,整数スピンをもつボーズ粒子が導かれています.

 

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