■リー群と表現(その13)
【1】ムーンシャイン予想とカッツ・ムーディー・リー代数
有限単純群の分類の完成は,ムーンシャイン予想という予期せぬものを生み出しました.
19世紀の後半,デデキントとクラインは独立に保型関数
j(az+b/cz+d)=j(z)
を構成しました.j(z)は古典的なSL(2,Z)不変な保型関数です.
ここで,q=exp(2πiz)とおくと,
j(z)=j(q)=Σcnq^n
=1/q+744+196884q+21493760q^2+864299970q^3+・・・
と展開されます.
モンスターの既約表現の次数dnと係数cnを小さい方から数個あげると
d0=1
d1=196883 c1=196884
d2=21296876 c2=21493760
d3=842609326 c3=864299970
このq展開に現れる係数196884とモンスターの既約表現の最小次数196883がほとんど等しいことに注目すると,q,q^2,q^3等の係数は
c1=d0+d1
c2=d0+d1+d2
c3=2d0+2d1+d2+d3
のようにモンスターの既約表現の簡単な線形結合となっていることを見いだされました.これは単なる偶然の一致なのでしょうか?
ムーンシャイン予想の出発点の出発点であるマッカイ・トンプソン予想,コンウェイ・ノートン予想には,このような不思議な事実がたくさん収集されています.しかし,後にボーチャーズが,現代物理学の弦理論にその原点をもつ頂点作用素代数を用いることによって,これは単なる偶然の一致ではなく,そこに何か真実が隠されていることをつきとめます.
ボーチャーズはその功績によりフィールズ賞を受賞するのですが,さらに,ボーチャーズは一般化されたカッツ・ムーディー・リー代数を導入して,マクドナルド恒等式を導いた論法を適用することにより,分母公式は
J(p)−J(q)=p^(ー1)Π(1−p^mq^n)^c(mn)
となることを示しました.この等式は19世紀のデデキントのイータ関数の変形のようでもあり,ヤコビの3重積公式にも結びついています.
これにより,ムーンシャイン予想の一応の解決となったわけですが,ムーンシャイン予想は保型関数論のように古典的なものでもあり,また,物理学の弦理論のように新しいものでもあったというわけです.
リー型の単純群に比べると,散在型単純群は例外的なものにみえるのですが,ミステリアスなムーンシャイン現象を知ると,散在型単純群にも深い存在理由がありそうです.しかし,疑問は残ったままであり,今後は有限単純群の分類論の明瞭化・簡明化とともに,この神秘的現象の解明が研究課題とされています.
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