■もうひとつの虹(その5)

[2]エアリー

 

 空気が澄んだ状態では,主虹の内側に二,三本,光の筋が見えることがある.副虹の外側にも光の筋が見える可能性もある.主虹の内側と副虹の外側にぼんやりと白くと光って見えるのが過剰虹である.

 

 ニュートンの理論(光の粒子説)とデカルトの理論(幾何光学的理論)を組み合わせると,虹が七色に見えること,主虹と副虹で色が逆順になることが説明されるのだが,過剰虹を説明することはできない.また,虹の色の分布はわかるにしても,光の強度分布は色の分布と微妙にずれている.

 

 さらに,幾何光学では虹の角度と水滴の半径は無関係に決まるはずであるのに,実際に観測すると,虹の大きさは異なっていて,理論と観測結果のずれが出てきた.

 

 イギリスの天文学者・物理学者のエアリーは,過剰虹や雨粒の大きさと虹の関係などについて研究した.この説明には困難をきわめたのだが,このことは光を波動と考えて,水滴の大きさも考慮に入れた光の回折理論によらなければならなかった.

 

 虹では光が空中から水中へ屈折して入り,中で反射して,屈折して空中に出ていく.光の経路にはスネルの法則が関係しているのだが,円(球)の性質も反映している.雨粒を理想化して,球であると考える.その際,水球に入った平行光線の束が,どのように出ていくかを調べると,入射光線と雨滴の中心との距離は様々な値をとるのであるが,出ていくときはある角度に光線が密集して,明るくなることがわかる.

 

 この光の優先道路は入射角から測って42°(虹角)の方向に集約される.数学的には包絡線というのだが,光学分野では焦線(caustic)あるいは火線という名で知られている.焦点では光が1点に集まるが,焦線とは点ではなくて線をなす場合をいうのである.

 

 エアリ−は,焦線の考え方に従って,過剰虹を説明しようとした.水滴の中の光の経路は1本線で書き表されることが多いのであるが,それは焦線であるから,極大値をとる方向ということであって,焦線について,正確に説明するためには微積分が必要になってくる.

 

 エアリーは,ホイヘンスの原理「ある瞬間の波面のすべての点から2次的な球面波がでていて,この2次波を重ね合わせると次の瞬間の波面となり,これが次々と伝播する」をいう原理に基づいて,焦線の近傍で光の強度を計算した.その結果だけを述べると,虹の光の振幅は,エアリー関数

  Ai(x)=∫(0,∞)cos{π/2(t^3−xt)}dt

で記述される.光の強度はこの積分関数を2乗したものになる.

 

 ここで,xは焦線からの距離と焦線の曲率に依存する定数である.本質的には焦線からの距離を表し,x=0のときがちょうど焦線のところで,デカルトの幾何光学に対応する.エアリー関数はx>0では指数関数的に減少し,x<0では正弦関数のように振動する関数である.

 

 エアリー積分を使えば,光が最も強くなるのはデカルトの理論よりも少し内側にくることがわかる.また,三角関数のように繰り返し極大値をとるので,それが過剰虹を与えるというわけである.

 

 一方,アレクサンダー暗帯でも,光の強度が完全に0というわけではなく,わずかながら光が漏れてくることもわかる.また,水滴が小さくなると焦線の曲率は大きくなって,虹のできる角度もより大きくなる理由も説明される.

 

 1836年,エアリーはこのようにしてアレクサンダー暗帯の存在と過剰虹発生とを説明した.過剰虹がなぜ見えるかという問題に答えるには,幾何光学だけでは定まらず,本質的には微積分を必要としたのである.

 

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