■もうひとつの虹(その2)

【2】アレクサンダー暗帯と過剰虹

 

 主虹では外側から内側に赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順に見え,その外側に,色の配列が主虹と逆順の副虹がうすく見える.虹の色の分布はわかったが,光の強度分布は色の分布と微妙にずれている.この節では,光の強度分布について取り上げることにする.  

 主虹と副虹の間が,アレクサンダー暗帯である.ここに反射してくる光はまったくない.また,空気が澄んだ状態では,主虹の内側に二,三本,光の筋が見えることがある.副虹の外側にも光の筋が見える可能性もある.主虹の内側と副虹の外側にぼんやりと白くと光って見えるのが,過剰虹である.

 

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 ニュートンの理論とデカルトの理論を組み合わせると,虹が七色に見えること,主虹と副虹で色が逆順になることが説明されるのだが,過剰虹を説明することはできない.

 

 また,幾何光学では虹の角度と水滴の半径は無関係に決まるはずであるのに,実際に観測すると,虹の大きさは異なっていて,理論と観測結果のずれが出てきた.

 

 この説明には困難をきわめたのだが,ニュートンから100年以上経った19世紀になって,エアリーによってなされた.エアリーは過剰虹や雨粒の大きさと虹の関係などについて研究した.

 

 虹では光が空中から水中へ屈折して入り,中で反射して,屈折して空中に出ていく.光の経路にはスネルの法則が関係しているのだが,円(球)の性質も反映している.雨粒を理想化して,球であると考える.その際,水球に入った平行光線の束が,どのように出ていくかを調べると,入射光線と雨滴の中心との距離は様々な値をとるのであるが,出ていくときはある角度に光線が密集して,明るくなることがわかる.

 

 この光の優先道路は入射角から測って42°の方向に集約される.数学的には包絡線というのだが,光学分野では焦線(caustic)あるいは火線という名で知られている.

 

 エアリ−は,焦線の考え方に従って,過剰虹を説明しようとした.水滴の中の光の経路は1本線で書き表されることが多いのであるが,それは焦線であるから,極大値をとる方向ということであって,焦線について,正確に説明するためには微積分が必要になってくる.

 

 エアリーの理論は焦線の近傍で光の強度を計算した.結果だけを述べると,虹の光の振幅は,エアリー関数

  Ai(x)=∫(0,∞)cos{π/2(t^3−xt)}dt で記述される.光の強度はこの積分関数を2乗したものになる.

 

 ここで,xは焦線からの距離と焦線の曲率に依存する定数である.本質的には焦線からの距離を表し,x=0のときがちょうど焦線のところで,デカルトの幾何光学に対応する.エアリー関数はx>0では指数関数的に減少し,x<0では正弦関数のように振動する関数である.

 

 エアリー積分を使えば,光が最も強くなるのはデカルトの理論よりも少し内側にくることがわかる.また,三角関数のように繰り返し極大値をとるので,それが過剰虹を与えるというわけである.

 

 一方,アレクサンダー暗帯でも,光の強度が完全に0というわけではなく,わずかながら光が漏れてくることもわかる.また,水滴が小さくなると焦線の曲率は大きくなって,虹のできる角度もより大きくなる理由も説明される.

 

 1836年,エアリーはこのようにしてアレクサンダー暗帯の存在と過剰虹発生とを説明した(過剰虹の研究を完結させたのは,ストークスであり,それは今日ストークス現象といわれる).過剰虹がなぜ見えるかという問題に答えるには,幾何光学だけでは定まらず,本質的には微積分を必要としたのである.

 

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 エアリーが,物理光学の面から虹の説明を論ずるために導入したエアリー関数

  Ai(x)=∫(0,∞)cos{π/2(t^3−xt)}dt

は収束が悪いために,数値計算は困難である.エアリー自身はいろいろなxに対する値を区分求積法で数値積分したのだが,大変な手間であった.

 

 13年後の1849年にエアリーは,ド・モルガンが発見したエアリー関数のテイラー展開

  ∫(0,∞)cos(t^3−xt)dt=π/3[Σ(−x)^3k/k!Γ(k+2/3)−Σ(−x)^(3k+1)/k!Γ(k+4/3)]

を用いて,自分の計算をより精密にしているが,物理的には特に新しいことはない.

 

 その後,ストークスは,エアリー関数が解となる微分方程式

  y”=xy

を利用して,実数のパラメータxを複素平面全体に拡げ,エアリー関数の零点その他の詳しい性質を調べた.

 

 ストークスの研究は,xが大きいときのエアリー積分の漸近挙動を調べるといった今日の漸近解析のはしりであって,現代の解析学に直結し,常微分方程式論の中に「複素平面上の無限遠点に不確定特異点をもつ常微分方程式」という分野を生み出した.

 

 今日では,エアリー関数は,

  ∫(0,∞)cos(t^3−xt)dt=π/3√(π/x)[J1/3(2x^3/2/3^3/2)−J-1/3(2x^3/2/3^3/2)]

のように,ベッセル関数で表現できることがわかっている.

 

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