■五次方程式の非可解性(その16)

【3】ガロアと群

 1824年,アーベルは一般の5次方程式が四則演算とベキ根によっては解けないことを証明しましたが,まだ核心部分(ガロア理論)には到達しておりませんでした.

 n次方程式の根の置換を考えると,それはn次対称群Snの対称性を有しているのですが,ガロア理論によると,n次方程式を解くということはSnのなかに不変部分群(正規部分群)を見つけることに対応しています.

 正規部分群をもたない群は単純群と呼ばれるわけですから,単純群であるかどうかが方程式が可解か可解でないかを決定することになります.実際にはA5が最小の非可換な単純群であり,S5>A5ですから一般の5次方程式が四則演算とベキ根によっては解けないことがわかるのです.

 あらすじはこのとおりですが,この点のガロアの洞察はガロアがアーベルを超えたところといえるわけです.少し詳細に見ていくことにしましょう.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 3文字1,2,3の置換全体のなす群が3次対称群S3で,その位数は3!=6です.幾何学的にイメージするために1つの正三角形を考えてみましょう.三角形の中心まわりの角度120°の右回り回転をaとすると,aは3回やると元に戻るので

  a^3=1

また,頂点を通る中心線に関して裏返す作用をbとすると

  b^2=1

2種類の作用の相互関係は

  ab=ba^2

と書けます.

 S3は2元{a,b}によって生成される

  {1,a,a^2,b,ba,ba^2}

となるのですが,これは位数6の正2面体群,すなわち,位数3の巡回群{1,a,a^2}とその裏返し{b,ba,ba^2}とからなる(回転∪鏡映)群と同一です.

 6×6の群表(ケイリー表)を書けば,どの元も各行各列にちょうど1回ずつ登場し,魔方陣のようであることが理解されるでしょう.

     1    a    a^2   b    ba   ba^2

1    1    a    a^2   b    ba   ba^2

a    a    a^2   1    ba^2  b    b

a^2   a^2   1    a    ba   ba^2  b

b    b    ba   ba^2  1    a    a^2

ba   ba   ba^2  b    a^2   1    a

ba^2  ba^2  b    ba   a    a^2   1

 「正2面体群」とは,正n角形をそれ自身に移す回転全体のなす群であって,重心を通る垂直軸を中心とした回転と対称軸を中心としたπ回転から生成される位数2nの群と幾何学的に考えることができます.この正2面体という奇妙な名前は,2枚の正多角形を貼り合わせたものをつぶれた多面体と見なすことから由来しているのですが,2つの生成元a,bが

  a^2=b^n=(ab)^2=1

という関係を満たすことを確かめられたい.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 S2が可換群,巡回群であるのに対して,S3は回転と互換(鏡映)を合成するとき,その順序によって結果が変わるので非可換です.互換は奇置換なのですが,回転は常に偶置換となっているため,回転だけを取り出せば可換群,巡回群となります.

 S3から偶置換だけを抽出したものが3次交代群A3です.すなわち,A3は回転だけからなり互換は含まないので可換群というわけです.幾何学的には正三角形の回転(巡回群C3)と同一です.

     1    a    a^2

1    1    a    a^2

a    a    a^2   1

a^2   a^2   1    a

 このA3はS3の不変部分群(正規部分群)になっていて,S3がA3を不変部分群として含む,また,A3は恒等置換だけを含んでいる,そしてこの相互関係を記号化すると

  S3>A3>Id(恒等置換)

となります.3次方程式を解くということはS3のなかに不変部分群A3を見つけることに対応していて,この関係よりS3は可解群であることがわかるというわけです.

 S3(=D3)は主対角線に関して非対称ですから,交換法則が成り立たない非可換群で,S3は位数が最小の非可換群として重要な存在となっています.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 4文字1,2,3,4の置換全体のなす群が4次対称群S4で,その位数は4!=24です.S4は2つの生成元a,bによって生成され,基本関係式は

  a^3=b^4=(ab)^2=1

となります.

 S4の場合,正方形ではなく正四面体を幾何学的にイメージすることになるのですが,互換は正四面体の回転として捉えることはできず,鏡映変換を必要とします.

 S3同様,S4は回転と互換の両方を含んでいるのですが,互換を含めて空間的な回転だけでS4を表現するには,立方体の4本の対角線あるいは正八面体の向かい合う面の中心を結ぶ4本の線分を使うことになります.

 S4は立方体あるいは正八面体の回転対称性であり,S4の偶置換からなる部分群A4は正四面体の回転対称性を表すのですが,4次交代群A4のの基本関係式は

  a^3=b^3=(ab)^2=1

となります.しかし,S4の位数は4!=24,群表は24×24,A4の位数は4!/2=12,群表は12×12になるので,大きすぎてここでは紹介できません.

 S4もA4も非可換なのですが,A4のなかに可換な部分群V(位数4)が含まれています.Vは可換群ではあるが巡回群C4ではありません.実はD2=C2×C2なのですが,これについては後述することにします.ともあれ,可解鎖

  S4>A4>{Id,V}>{Id}

よりS4は可解群であることがわかります.このように可換な不変部分群を見つけることで,4次方程式を3次方程式に還元することが可能になるのです.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 S5の位数は5!=120,群表は120×120,A5の位数は5!/2=60,群表は60×60となります.どの正多面体もS5の回転対称性をもってはいないのですが,A5は正12面体あるいは正20面体の回転対称性を表現しています.5次交代群A5の基本関係式は

  a^3=b^5=(ab)^2=1

となります.

 A5も非可換で,恒等置換以外には不変部分群をもっていません.

  S5>A5>{Id}

不変部分群をもたない群は単純群と呼ばれるのですが,A5は最小の非可換な単純群です(ガロアの定理).ベキ根による可解性を決定づけるものは可換性なのであって,任意の可換群は可解群です(逆は成立しない).

 このことから一般の5次方程式が四則演算とベキ根によっては解けないことがわかるのです.なお,S5の回転対称性をもつ正多面体が存在しないことと5次方程式の非可解性の間には因果関係は存在しないので誤解なさらないように!

===================================