■素数の並び方に規則性はあるのか?(その29)

【4】ウィグナーの半円則

 

 前節では,エネルギー準位の最隣接間隔分布について述べたが,ウィグナー分布は対称行列の固有値分布に登場する分布である.

 

 n次の対称行列Hの固有値はすべて実数であり,それらを並べて,

  λ1≦λ2≦・・・≦λn

とするとき,n→∞のときの挙動,すなわち,固有値の漸近分布を調べたい.

 

 ウィグナーは,n→∞のとき

  a√n≦λ≦b√nなる固有値の数/n → ∫(a,b)φ(t)dt

     ここで,φ(t)=1/2πm^2√(4m^2-t^2)

が成り立つことを証明した(1958年).

 

 この定理は要素の分布(ランダム,一様分布,ガウス分布,・・・)の詳細によらず,一般的に成り立つ性質であり,複雑で何の秩序もないように見える行列であっても,行列の大きさが非常に大きいときに成り立つ普遍的な法則があるというのである.

 

 分布関数φのグラフは半円y=√(1-x^2)で与えられるからこの定理を「半円則」ともいう.ウィグナーの半円則は近年大いに発展したランダム行列の原型となっている.

  →[参]コラム「最近接距離分布(ウィグナー分布)」

 

[補]乱歩の確率論では,レヴィの「逆正弦則」というものがあり,そこでは  

 y=∫dt/√(1−t^2)=sin^(-1)x

として登場する→コラム「格子上の確率論(その6)」参照.

 

 一般に,P(x)を2次の多項式とするとき,

  f(x)=1/(P(x))^(1/2)

  F(z)=∫(0,z)f(x)dx

は対数あるいは円関数(三角関数)になる.それに対して,P(x)が重根をもたない3次,4次の多項式の場合は,初等関数をいくら組み合わせても得られない関数(楕円積分)が登場する.たとえば,

  y=∫dt/√(1−t^4)

は,レムニスケート積分と呼ばれる典型的な楕円積分である.

 

 なお,

  ∫(0,1)1/(1-x^1)^(1/2)dx=2

  ∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx=π/2

は初等的にも得ることができるが,一方,

  ∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π

  ∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)

はガンマ関数と楕円積分を関係づけるものである.一般に,

  ∫(0,1)x^(m-1)/(1-x^n)^(1/2)dx=Γ(m/n)√π/nΓ(m/n+1/2)

が成り立つ.→コラム「楕円積分とガンマ関数」参照

 

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 ところで,数論における楕円曲線のヴェイユ・ゼータに関する佐藤(幹夫)予想とは,

  偏角が[a,b]となる素数密度 〜 2/π∫(a,b)sin^2θdθ

というものである.

 

 角分布がsin^2θに比例するという佐藤予想の最初の記述は,資料によると,昭和38年(1963年)のことなのであるが,sin^2予想でt=cosθとおけば,

  偏角が[a,b]となる素数密度 〜 2/π∫(α,β)√(1-t^2)dt

となり,これも1種の半円則となっていることがわかる.

 

 佐藤予想と対称行列の固有値分布に関するウィグナーの定理は,前者は数論,後者は物理学に関係していて出所はまったく異なるにも関わらず,どちらも同じ「半円則」で表されることは興味深いものがある.ゼータ関数と量子カオスのように根っこのところが,同じ構成原理で繋がっていることが予想されるであろう.

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【5】量子力学の余白

 

 1925年,ハイゼンベルグが行列力学を,シュレディンガーが波動力学を提唱しました.ハイゼンベルグとボルンが行列力学を発見したとき,同じ固有値をもつ微分方程式を探すべきだと,ヒルベルトは彼らに語ったと伝えられています.しかし,彼らはそれに従いませんでした.そのために波動方程式を発見し損なったのですが,結局,その栄誉はシュレジンガーに与えられることになったのです.

 

 ハイゼンベルグは電子が粒子であることを前提とし,行列方程式を導きました.一方,シュレディンガーは電子の波動的性質から波動方程式を導きました.行列力学と波動力学は,別々に独立に存在し,それぞれが前提としていたことが大幅に異なっていたのですが,形式こそ違え,物理的には等値で,「量子力学」という1つの理論を表現していることが証明されました.

 

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