■定規とコンパスで作図可能な正多角形(その56)

角Aの3等分である角xの余弦を求める方程式は

4x^3-3x-cos(A)=0

となる。A=90度ならば 4x^3-3x=0となり、きれいに解けるが、A=120度ではそうはならない。→正9角形は作図できない。

3次方程式となる正7角形も作図できない。11,13,14角形も作図できないが、意外なことの正17角形は作図できる(ガウス)。

ガウスは事実上任意の角等分する作図不可能性を明らかにした。

しかし、厳密な証明は19世紀にはいって、フランスの数学者ワンツェルの成果を待たねばならなかった。

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 1823年、23歳のワンツェルはその証明を発表した。ところが彼はたちまち世間から消え去ってしまった。そして最近になって、数学史家によって、忘却の淵から救い出された。彼は何をし、また何故消え去ったのだろうか?

ワンツェルの論文は4つの部分からなっていた。

[1]幾何学的な問題を代数的なものに翻訳

[2]2のベキの次数の方程式の根として現れることを示した

[3]この方程式は既約である

[4]立方体の倍積問題や角の3等分問題が既約な3次方程式、したがって2次の繰り返しでは解けないことを示した

ワンツェルは古典的な作図不可能問題の三問題の2つが定規とコンパスでは解けないことを示した。彼は作図によってできる数の特徴の厳密な検討、数の演算が作る世界はどういうものになるになるのかという考えを進展させたことになる

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ワンツェルは学生の身だったのであるが、エコールポリテクニークとエコールノルマルの両方の入学試験で主席になった初めての学生としてよく知られていた。ワンツェルの独創的な結果は主要な学術誌に受け入れられたのであるが、それではなぜワンツェルの名前は広く知られるようにならず、忘れ去られてしまったのだろうか?

[1]その結果はすでにガウスによって主張されていた(ガウスの主張は証明を伴ってはいなかったが、誰もガウスの主張を疑っていなかった)

[2]結局解けないという否定的な結果、に対してだから何になるのかと興味をひかれなかった

その後、ワンツェルは何かにじっくり取り組もうとせずに、コーヒーとアヘンに浸り、1848年33歳で亡くなった。

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彼は有理数係数の3次方程式が3実根を持つならば、その根を累乗根によってあらわすとき必ず複素数が入り込んでくることを証明している。

これはガロア理論を理解するに当たって重要な結果で、アーベルは5次方程式以上は加減乗除と累乗根の組み合わせだけでは方程式は解けないこと、ガロアは代数的の解ける式と解けない式の違いを俯瞰的に示したのであった。

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