■クラスレート水和物の世界(その9)

【3】安定な空間分割

 ここではまず正多角形による平面分割の問題を掲げる.平面充填形が正三角形,正方形,正六角形の3種類に限ることは昔からよく知られているが,このうち正方形のは碁盤,正六角形のは蜂の巣などでおなじみであろう.しかし,正三角形と正方形による平面分割は頂点だけで接している多角形があるので,ボロノイ分割に対して安定とはいえない.点のわずかな動きによって,ボロノイ分割が激変してしまうからである.したがって,ボロノイ分割の意味で安定なものは六角形による平面充填だけということになる.

 それでは3次元ではどうだろうか? 1点に4個の多面体が会し,1本の線の周りに3個の多面体が合するというのが空間分割の局所条件である.多数のピンポン玉を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみても空間は多面体によって分割される.その際にも1点に4個の多面体が会し,1本の線の周りに3個の多面体が合する.逆にいえば,1本の辺は3個の多面体に共有され,1個の頂点は4個の多面体に共有される.これは生物であろうと無生物であろうとに関わりなく,すべて構造物について例外なく通用する物理学的な過程である.

 空間分割の局所条件は,1つの細胞のある方向の移動を他の3つの細胞が支持して止めるというメカニズムの表れと理解することができる.すなわち,このことは安定な力学的平衡が得られるための条件であることは直観的にも明らかであろう.そこで,平行多面体の場合について空間分割の局所条件を安定な空間分割という観点から考えてみることにしたい.

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 立方体は単独で空間全体を格子状に埋めつくすことができる.このことはこれ以上説明するまでもないだろう.立方格子状配置,すなわち角砂糖の箱の封を切ったときに見えるパターンでは1頂点に集まる多面体の数は8個になり,空間分割の局所条件は満足されない.立方格子を作るような形の積み上げでは1つの細胞の格子線方向の移動は他の1つの細胞が支持して止めるので,ある方向に力を加えた場合に全体が変形する可能性をもっていて,力学的に不安定なのである.

 立方体以外の単一多面体による空間分割(空間充填体)としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られている.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形であるが,菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっている.

 菱形十二面体の頂点には3価の頂点と4価の頂点の2種類ある.3価の頂点の周りには4つの立体が出会い安定であるが,4価の頂点の周りには6つの立体が出会うため不安定となる.6角柱,長菱形12面体の場合も同様に考えることができる.

 切頂八面体はすべての頂点に3つの辺が集まる単体的多面体である.そのため,切頂八面体が空間を合同な部分に分割する際,どの頂点でも4つの切頂八面体が出会うようになっていて,安定な空間充填多面体となる.すなわち,1点に4個の多面体が会してボロノイ分割に対して安定なものは切頂八面体だけなのであるが,立方体や菱形十二面体は切頂八面体の辺を点に縮めることによって得られるので,頂点や辺だけで接している多面体を生じるというわけである.

 ここで14面体が得られる理由についてもう一度考えてみると,14面体は安定な空間分割(熱力学の第2法則?)から必然的に決定されるのであって,図形の性質というよりは容れ物(空間)の性質といってもよいであろう.

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