■ケプラーと正多面体(その12)

【3】数秘術の誘惑

 ケプラーは「宇宙の神秘」を「天空に宿る広大な神の意志を私は信じる」でむすんでいますが,世界を統一原理で理解しようとしたケプラーは,超がつくほどのピタゴラス・プラトン主義者であり,「宇宙の神秘」から23年後の「世界の調和」の中で速く回転する天体ほど高い音を発し,その結果,天球全体が一つの音楽を奏ででいると考え,ピタゴラス音階による天球の音楽について一層詳細な論を展開しています.

 ケプラーの考えを非科学的なこじつけということはやさしく,今日から見れば,真理・正論ではないにしろ,正多面体やピタゴラス音階を宇宙論に導入したケプラーの美しい考え方<宇宙の調和論>には驚かされます.ケプラーが取り組んだ惑星系の幾何学構造は,いいかえれば惑星軌道は量子化されているというもので,これと似た振る舞いは原子の中の電子に見られます.電子の軌道は離散的,すなわち,とびとびの値しかとることができないのです.

 数秘術という語がありますが,科学の歴史を振り返ると多分に神秘的な思想から導かれた数値の間の関係が後の大発見の端緒となった例は少なくありません.ケプラーの第3法則,水素のスペクトル線のバルマー系列の公式などがその典型例です.いくつか例をあげてみましょう.

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[1]水素のスペクトル線のバルマー系列の公式

 19世紀末から20世紀初頭にかけて,物質の不連続性(原子),電気の不連続性(電気素量e)に引き続き,エネルギーの不連続性(hν)という自然の秘密は徐々に暴かれてきました.

 1913年,ボーアはプランクが提案した量子化の概念を原子構造に導入することによって,原子模型の難点を解決できることに気づきました.ボーアはバルマーやリュードベリのスペクトル系列の公式:

  1/λ=R(1/m^2−1/n^2)

の中に,原子の中には電子が輻射を行わない軌道があること,輻射は電子がある軌道から別の軌道に跳躍するときだけに生じることを見つけだし,原子自体の微細構造を明らかにしたのです.

 リュードベリ定数Rは物理学の普遍的な定数で,電子の質量m,電子の電荷e,光速度c,プランク定数hと式

  R=2π^2 me^4/ch^3

で結ばれています.しかも,eについては4乗,hについては3乗しているのですからかなり複雑な関わり方をしています.

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[2]ボーデの法則

 太陽系の構造に数値的な意味をもたせようとした研究者はケプラー唯一人ではなく,もう一人の研究者がボーデです.惑星の距離に関するボーデの法則は,この系列の欠番の位置に新惑星が発見されたことから大騒ぎになりました.

 1772年,ベルリン天文台長のボーデは惑星を太陽に近い順に0(水星),1(金星),2(地球),3(火星),・・・番と数えるとき,太陽から地球軌道の平均半径を1天文単位とすれば,第n番目(n≧1)の惑星の平均距離は(3×2n-1 +4)/10になるという,いわゆるボーデの法則を発見しました.この経験則は,1766年にドイツのティティウスが発見した関係を掘り出したもので,ティティウス・ボーデの法則とも呼ばれます.

 惑星の配置を表すボーデの法則と呼ばれる簡単な数列が太陽から惑星までの距離をほぼ正確に予測しているという事実は,太陽系の創生期に作用した必然的な構造原理なのでしょうか,それとも,単なる偶然の所産であって無意味なものなのでしょうか.

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【4】小括

 ボーデの法則は驚くべき正確さで太陽から惑星までの距離に対応していますが,理論的根拠があるわけでなく,全くの経験的法則であったため,あまり注意を払われませんでした.海王星,冥王星にはよく当てはまらないことから法則そのものが疑わしいともいえますが,少なくとも惑星発見の指導原理として歴史的には大きな役割を果たした数秘術の例となっています.

 ケプラーは後に2つの星形正多面体を発見しています.星形正多面体と呼ばれる凹型多面体の発見は彼の大きな業績です.1810年にポアンソは星形正多面体の別のペアを発見しているのですが,天文学者たちはそれに呼応するかのように小惑星,天王星,海王星,冥王星を発見しています.われわれはこの種の数秘術の誘惑に抵抗しなくてはならないのですが,抗いきれないところがあるのです.

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