■ケプラーと正多面体(その8)
16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパは近代科学の成立期です。コペルニクスは天動説を覆して地動説を唱え、それを受けついだのがガリレオとケプラーです。ケプラーの時代、天文学(アストロノミー)は星の運行の観測術にすぎなかったのに対して、占星術(アストロロジー)は星の運行の法則の学でありました。ロゴス(論理・学)はノモス(慣習・術)より上位にあり、したがって、当時は占星術のほうが格上とみなされていたことになり、天文学といっても一種の術にすぎませんでした。術から学への転換移行は近代の出発を物語りますが、それはケプラーの手によったのです。
ケプラーは地動説をもとに惑星の運動法則を発見し、惑星の軌道が楕円であることを発見しました。姓ではなく名前のほうが良く知られているガリレオ・ガリレイは大砲の弾道が放物線になるなど、地上の物体の運動の研究で大きな仕事を成し遂げました。ガリレオは非常に分析的な推論をを好み、法則を一般的考察から推測し、次にそれを実験で検証しましたが、理論(現象のモデル)が実験に先行したという意味で近代科学の先駆者といわれています。ケプラーはそういうタイプとは違って、以下に示すエピソードのように非常に想像力豊かなむしろ空想的な人であったようです。
凸型正多面体は正4・6・8・12・20面体の5種類あって5種類しかないことはプラトンの時代にはすでに見つけられていて、それらがプラトンの自然哲学で重要な役割を演ずるところから、正多面体はプラトンの立体(Platonic solid)とも呼ばれています。正多面体はピタゴラス学派には神秘的完全性の象徴のように見え、ギリシャの自然哲学者はこれらを5元素と対応させています。
ケプラーは惑星運動の法則を発見した天文学者として有名ですが、著名な数学者でもありました。事実、星形正多面体と呼ばれる凹型多面体の発見は彼の大きな業績です。ケプラーは「宇宙の神秘」(1596年)、「新天文学」(1609年)、「世界の調和」(1619年)という三部作を著していますが、非常にピタゴラスとプラトンびいきであって世界は数学的な調和、幾何学的秩序に従っていると確信し、彼の初期の著作「宇宙の神秘」では、太陽系の惑星の軌道を無数にある立体の中で明確な法則性をもっている立体(5種類の凸型正多面体)で幾何学的に説明しようとしていたことはよく知られています。
当時、惑星は水金地火木土の6つしかないといわれていて、水星から土星までの間に5カ所の隙間ができますが、惑星の軌道は5種類の正多面体を次々同一の中心をもつ6個の球面に外接させて得られる、すなわち、この隙間に5つしかないプラトンの正多面体をすっぽりと入れ込むことができると主張しました。もちろん、ケプラーの法則を発見する以前の話で、天王星、海王星、冥王星の存在を知らなかったのです。
ケプラーは「宇宙の神秘」を「天空に宿る広大な神の意志を私は信じる」でむすんでいますが、世界を統一原理で理解しようとしたケプラーは、超がつくほどのピタゴラス・プラトン主義者であり、「宇宙の神秘」から23年後の「世界の調和」の中で速く回転する天体ほど高い音を発し、その結果、天球全体が一つの音楽を奏ででいると考え、ピタゴラス音階による天球の音楽について一層詳細な論を展開しています。
ケプラーの考えを非科学的なこじつけということはやさしく、今日から見れば、真理・正論ではないにしろ、正多面体やピタゴラス音階を宇宙論に導入したケプラーの美しい考え方<宇宙の調和論>には驚かされます。ケプラーが取り組んだ惑星系の幾何学構造は、いいかえれば惑星軌道は量子化されているというもので、これと似た振る舞いは原子の中の電子に見られます。電子の軌道は離散的、すなわち、とびとびの値しかとることができないのです。
数秘術という語がありますが、科学の歴史を振り返ると多分に神秘的な思想から導かれた数値の間の関係が後の大発見の端緒となった例は少なくありません。ケプラーの第3法則、水素のスペクトル線のバルマー系列の公式などがその典型例です。太陽系の構造に数値的な意味をもたせようとした研究者はケプラー唯一人ではなく、もう一人の研究者がボーデです。惑星の距離に関するボーデの法則は、この系列の欠番の位置に新惑星が発見されたことから大騒ぎになりました。惑星の配置を表すボーデの法則と呼ばれる簡単な数列が太陽から惑星までの距離をほぼ正確に予測しているという事実は、太陽系の創生期に作用した必然的な構造原理なのでしょうか、それとも、単なる偶然の所産であって無意味なものなのでしょうか。海王星、冥王星にはよく当てはまらないことから法則そのものが疑わしいともいえますが、少なくとも惑星発見の指導原理として歴史的には大きな役割を果たした数秘術の例となっています。
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