■高次元の正多面体(その3)

 ところで,線分と三角形および四面体(三角錐)は,それぞれ最も簡単な1次元図形,2次元図形,3次元図形ですが,次元数nより1つ多い(n+1)個の頂点によって作られる図形をシンプレックス(単体)と呼びます.線分は1次元単体,三角形は2次元単体,三角錐は3次元単体とも呼ばれます.この節で取り上げるのは,幾何学の基本形である三角形・四面体とその高次元幾何学についての問題です.

 

【問】辺の長さが2の正三角形に,その頂点を中心とする3つの単位円板を置くと,中にできる隙間には半径√3×2/3−1の円を入れることができる.さて,辺の長さが2の正四面体に単位球を4個置くと,その隙間に入れることのできる球の半径は?

(答)半径√6/2−1の球を入れることができる.

(ヒント)三角形の3つの中線は一点で交わります.この交点が三角形の重心です.原点Oに対する三角形ABCの3頂点A,B,Cの位置ベクトルをそれぞれa↑,b↑,c↑とすれば,重心の位置ベクトルは(a↑+b↑+c↑)/3となります.三角形の形をした均一な板の重心は3つの中線の交点,すなわち重心にあります.この点(一様な三角形の重心)は3つの頂点の重心(a↑+b↑+c↑)/3,すなわち三角形の頂点におかれた3つの等しい質量の中心(物理的重心)に一致します.

 

 一方,四面体ABCDの3組の相対する辺の中点を結ぶ直線は1点で交わり,この交点の位置ベクトルは(a↑+b↑+c↑+d↑)/4となります.三角形と同様に,一様な四面体の重心はその4つの頂点の重心(a↑+b↑+c↑+d↑)/4と一致します.一様な棒の重心は両端の間の距離を1:1に,三角形の重心は中線を2:1に,四面体の重心は頂点と向かいあう面の重心との距離を3:1に内分します.すなわち,四面体の重心は1つの面の重心から対頂点に引いた直線の1/4の点にあります.4次元以上でもこの規則性が失われることはありそうもなく同様に類推されます.三角形の重心の性質は四面体に遺伝するのです.

 

 n次元の幾何学の例をもう一つあげると,三角形の面積は底辺かける高さ割る2ですが,三角錐になると底面積かける高さ割る3,四次元の三角錐なら底体積かける高さ割る4,五次元なら底四次元面積かける高さ割る5・・・.高次元の多面体ではこのようになることが知られています.

 

【問】n次元単体では半径

   √{2/(1+1/n)}−1

のn次元超球が詰められることを示せ.

(ヒント)ベクトルを利用すると簡単に解答を与えることができる.

     n-1H2=n+1C2,(√n+1C2)×2/(n+1)−1=?

 

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 上の問題の答は,n→∞の極限でr=√2−1になりますが,ところで,辺の長さが2の正方形に,その頂点を中心とする4つの単位円板を置くと,4つの円板で囲まれた部分に,第5の小さな円を入れることができます.ピタゴラスの定理によって第5の円の半径は√2−1だとわかります.これと同じことを3次元空間で行ってみましょう.辺の長さが2の立方体の8つのカドに単位球を8個置くと,中にできる隙間に第9の小さな球を入れることができ,第9の球の半径は√3−1となります.n次元では半径√n−1のn次元超球が詰められるのです.

 

 しかし,ここの驚きが潜んでいます.たとえば,n=9の場合,中に詰められるn次元超球の半径は√9−1=2であり,この球は外側の立方体の表面に接してしまい,n>9だとはみ出してしまうのです.この驚くべき結論は,日常生活ではありえないだけに面食らってしまいます.

 

 球の詰め込みに関するこのはみ出し現象は,モーザーのパラドックスとして知られているものですが,このように,高次元はいくつかのパラドックスの源泉になっていて,しばしばたちの悪い現象が起こるのです.

 

 前述したn次元超球とn次元超立方体の関係についても考察してみましょう.n次元ユークリッド空間において,1辺の長さが1の立方体をn次元単位立方体といいます.その体積は1ですが,もっとも離れた2頂点を結ぶ対角線の長さはn次元ユークリッド空間の距離の定義から

  √12+12+・・・+12=√n となります.したがって,次元nが大きくなると対角線の長さはどんどん大きくなり,ついには地球でさえ含むことができるようになります.

 

 それに対して,n次元単位球はどんなに次元が高くても,長さが2より大きな線分を含むことはできません.また,n次元単位球の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.nが整数のとき,実際にVnの値を計算してみると,超球の体積はn=5のとき最大8π2/15=5.2637・・・となり,以後は減少します.そして,不思議なことに,単位球の体積はn→∞のとき0に収束するのです.

 

n    Vn

1   2

2   3.14

3   4.19

4   4.93

5   5.263

6   5.167

7   4.72

8   4.06

9   3.30

10   2.55

 

 また,このことから,n次元超立方体[-1,1]n(体積2^n)において,単位超球が占める比率は,n=2であればπ/4(79%)であるが,n=5のときは16%に下落し,n=10となると0.25%になることも理解されます.単位超球を超立方体中に置くと,次元が大きくなるにつれて隙間がより大きくなるのです.

 

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