■掛谷予想(その10)
【1】マーデルング定数
「イオン結晶の結合エネルギーは,イオン間のクーロン力によるもので,クーロン力は電荷の積に比例し,距離の2乗に反比例する力であるから,クーロンポテンシャル(静電エネルギー)Uは,
U=∫(∞,r)e^2/r^2dr=e^2/r eはイオンの電荷
で与えられる.」
「食塩はNa+とCl-が交互に並んで立方格子というジャングルジムのような構造を形成するイオン結晶である.NaCl結晶の場合,最近接イオン間の距離をRとすると,Na+イオンのまわりには,Rだけ離れて6個のCl-イオンがあり,第2近接には√2Rだけ離れて12個のNa+イオン,第3近接には√3Rだけ離れて8個のCl-イオン,第4近接には2Rだけ離れて6個のNa+イオンがある.また,異符号のイオン間には引力が働き,同符号のイオン間には斥力が働くから,NaCl結晶の結合エネルギーは,これらのイオン間のクーロンポテンシャルを加えて,
U=-e^2/R[6-12/√2+8/√3-6/2+・・・]
となる.無限級数で示される括弧のなかの和
6-12/√2+8/√3-6/2+・・・
をマーデルング定数と呼ぶ.」
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【2】1次元のマーデルング定数
話を簡単にするため1次元の結晶について考えてみよう.1次元なんてつまらないと感じるかもしれないが,何事もまずは簡単な例からというのは科学的な態度であり,大きな御利益が得られる場合も少なくない.
間隔Rで正負イオンが交互に1直線上に並んだ
・・・−Na+−Cl-−Na+−Cl-−Na+−Cl-−・・・
において,1つのNa+イオンに注目すると,第1近接は両隣にある2個のCl-イオンであり,第2近接はさらにその隣にある2個のNa+イオンである.1次元であっても原理的には同じであるから,以下同様に,
U=-e^2/R*2[1-1/2+1/3-1/4+・・・]
が得られる.因子2は等距離のところに左右1個ずつ2つのイオンがあることを考慮している.
ここで,括弧の中の和
1/1−1/2+1/3−1/4+・・・
は調和級数
1/1+1/2+1/3+1/4+・・・
の交代級数であり,メルカトールの定数とかグレゴリーの定数と呼ばれている定数である.
この値は対数関数のマクローリン展開
log(1+x)=x−1/2x2 +1/3x3 −1/4x4 +・・・
においてx=1とおくとlog2に収束するから,最終的には
U=-e^2/R*2log2
より,1次元の鎖に対するマーデルング定数は
α=2log2=1.386
である.
ところで,交代級数では,元の級数の項の順番を変えると収束値が変動してしまう.たとえば,負項を正項に変えて,あとでその2倍を引くと,
1/1−1/2+1/3−1/4+・・・
=(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)−2(1/2+1/4+1/6+1/8+・・・)
=(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)−(1/1+1/2+1/3+1/4+・・・)
=0
また,この交代級数は奇数の逆数と偶数の逆数に−1をかけたものからできているが,足し合わせる順序が違う級数,たとえば,負の項が2つの連続する正の項をはさんで現れる級数:
1/1+1/3−1/2+1/5+1/7−1/4+・・・
では3/2log2に収束することがわかっている.
これらは無限のパラドックスの一つの例である.有限級数ならば,足し算の順序に入れ替えは自由にできるが,無限級数となると話はまったく違ってくる.正の項と負の項がいずれも絶対収束するとき,級数の和の順番は勝手に変えてもよいのであるが,そうでない場合は,足す順序によっては級数の和が異なってくる.実は,条件収束級数の場合,級数の項の順番を適当に変えるとどんな値にでも収束させることができることが知られている.
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【3】2次元のマーデルング定数
次に,Na+とCl-が交互に正方格子を組むときのマーデルング定数を求めてみよう.
碁盤の目状に交互に並んだ2次元結晶の場合も,足し合わせる順序をでたらめにすると,まっとうな結果を得ることができなくなってしまう.たとえば,間隔Rで交互に並んだx軸上のイオンのクーロンポテンシャルの総和を考えると,
U=-e^2/R*2[1-1/2+1/3-1/4+・・・]=-e^2/R*2log2
で収束するが,直線y=x上にはNa+イオンだけが存在するから,y=xに沿ったクーロンポテンシャルの総和は,
U=e^2/R*2/√2[1+1/2+1/3+1/4+・・・]
すなわち,括弧の中の和は調和級数となり,無限大に発散してしまう.
いきあたりばったりのやり方では,2次元結晶におけるマーデルング定数を書き下すことができそうにもない.そこで,第n近接を求めて,原点からの距離の近い順に足し合わせてみることにする.一般に,無限級数が収束する場合,それぞれの項のなかで絶対値が小さいものほど寄与が小さくなるから,正にせよ負にせよ絶対値の大きいものから足しあげていくのが常套であり,妥当なところであろう.
2次元結晶において,1つのNa+イオンに注目すると,第1近接は上下左右にある4個のCl-イオンであり,第2近接は斜め隣にある4個のNa+イオンです.第3近接には2Rだけ離れて4個のNa+イオン,第4近接には√5Rだけ離れて8個のCl-イオンがある,第5近接には√8Rだけ離れて4個のNa+イオンがある,・・・.最終的に,
U=-e^2/R[4-4/√2-4/2+8/√5-4/√8+・・・]
が得られたことになる.
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【4】3次元のマーデルング定数
3次元の結晶になっても原理的には同じで,Na+イオンに最も近いCl-イオンは,距離Rのところに6個あり,次に近いイオンは,√2Rのところにある12個のNa+イオン,第3近接には√3Rだけ離れて8個のCl-イオン,第4近接には2Rだけ離れて6個のNa+イオン,第5近接には√5Rだけ離れて24個のCl-イオン,・・・という具合になる.
U=-e^2/R[6-12/√2+8/√3-6/2+24/√5-・・・]
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