■シャボン玉の科学(その8)
【3】ラングミュア
アメリカのラングミュアも多方面にわたる研究で知られる人です.レセプターに結合する物質(神経伝達物質,ホルモン,薬物など)を一般にリガンド(ligand)と呼びますが,化学ではラングミュア・プロットと呼ばれるリガンドのレセプター結合曲線があり,1932年にはノーベル化学賞をもらっています.そのため,私は化学の出身と思っていたのですが,元々は金属工学専攻だったそうです.
1909年,大学で化学を教えていたラングミュアは,ゼネラルエレクトリック社(GE)の研究所で一夏を過ごすことになりました.1909年というと,エジソンが白熱電球を発明してから30年後,タングステン・フィラメントが使われるようになって5年目のことです.
当時,GE研究所の最大の問題はタングステン電球の寿命をのばすことであったのですが,GEは当時としては抜群の真空技術をもっていて,真空にすればするほど寿命が延びるという考えであったらしい.
ところが,電球中を理想的な真空にしてもガラス管球の内壁が黒くなってしまうことを完全に防ぐことはできないと予想したラングミュアは,逆に電球にいろいろな気体を入れることを考え,アルゴンの中では,フィラメントのタングステンの蒸発が妨げられ黒化を防ぐとともに,フィラメントを長い間融点に近い高温に保っておいても大丈夫であることを発見しました.これがガス入り電球です.
また,タングステン・フィラメントの表面にトリウムやセシウムを吸着させると多量の電子を放出するようになるという発見は,真空管工業に大きな進歩をもたらしました.ラングミュアはこれですっかり面白くなり,大学を辞めてGE研究所に転職しました.GEは大変な拾い物をしたというわけです.
もうこれ以上薄くなれないような膜=黒膜の存在は分子の実在の証拠でもあるのですが,1917年,ラングミュアは黒膜の厚さが石けん分子の長さの約2倍であることから2分子膜と推定しました.
生物の細胞膜は石けん膜に似たものであって,簡単にいえば水の中のシャボン玉のことといってもよいのですが,石けん膜は水面上では単分子膜として存在できるものの,生体膜(7〜10nm)は水中に存在するから2分子膜なのです.こうして,1932年,ラングミュアは単分子膜の研究でノーベル賞に輝いています.
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