■シャボン玉の科学(その1)
石けんと洗剤(合成界面活性剤)は似て非なるものである.もっとも,どちらも洗浄作用をもつ点では一致しているので,合成界面活性剤のことを石けんと呼ぶ場合がある.たとえば,市販の固形石けん・洗濯石けんは,ほとんど例外なく,石けんでなくて洗剤なのである.
ややこしいというよりまぎらわしいが,環境や体に対する安全性の点で両者は大きく異なっている.近年,小児のアトピーが増えていることはご存知と思われるが,その原因のひとつに洗濯石けんの使用があげられているらしい.
そういうわけで,近所の主婦たちの間で,手作り石けんが静かなブームとなっている.わが家でも手作り石けんがまるで切り餅のようにところ狭しと並べられているが,固形石けん(洗剤)と手作り石けんの違いは,グリセリンの含有量に大きな差がみられることである.
グリセリンは保湿効果をもっているのだが,市販の固形石けんにはほとんどグリセリンが含まれていないため,皮膚のかさつき,かゆみを伴うアトピーには,グリセリンのたっぷり入った手作り石けんが効果絶大であるという.
というわけで,今回のコラムでは,手作り石けんにちなむ話題として
立花太郎「シャボン玉−その黒い膜の秘密−」中公新書
を種本に,シャボン玉の科学史を取り上げることにした.
シャボン玉の魅力を語るとしたら,
(1)美しい虹色の輝き,
(2)それが空中に浮かんで揺れ動く姿は数学的曲面の実現であること,
(3)そして一瞬のうちに消え去ってしまうこと
につきるだろう.この3点について,順次,述べていくことにしたい.
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【1】石けん膜の観察
伝わるところによると,相当の年輩に達したニュートンが窓辺でシャボン玉を吹いているのを通行人が見て,かの偉大なるニュートンが呆けてしまったという風評がロンドン市中に広まったということである.ニュートンにしてみれば,それは子供のように遊んでいたのではなく,シャボン玉の呈する色を観察していたのかもしれないのだが,・・・
垂直に張られた石けん膜の反射光を眺めていると,膜に起こる変化がよく見られる.このとき,黒い紙を後方におくと一層見やすくなる.初めは無色であるが,やがて,膜の上の方から,青,黄,赤の干渉縞が次々に現れ,白い膜(虹色を示さない銀白色の膜)を経て,そこから水が放出されると,やがて黒い膜が現れ,全体が黒膜になると突然膜は破れてしまう.
石けん膜でも,まず最初にできるのは光の干渉色も見られないほどの厚い膜である.光の干渉も起こらないほど薄くなってから,黒い膜ができる.普通,シャボン玉は全体が黒い膜になる前に壊れてしまう.
シャボン玉の色は,水たまりの油膜と同様,薄膜による干渉色であるが,シャボン玉の色が薄膜による光の干渉として生ずるという知識の源泉は,イギリスのヤング,フランスのフレネルに負うものである.高校の光学で教わったことをおさらいしてみよう.
膜の屈折率をn,厚さをd,波長をλとすると,光路差Δは
Δ=2ndcosθ
さらに,反射点でλ/2だけ位相の変化が加わることを考慮しなければならないので,2ndcosθ+λ/2が波長の整数倍のとき
2ndcosθ+λ/2=mλ
強め合って明るくなるし,半波長ずれる
2ndcosθ+λ/2=(m+1/2)λ
と山と谷が互いに打ち消し合って暗くなる.
薄膜に入射した光の反射光の強さは,波長と厚さと入射角できまる.したがって,白色光をあてたとき反射してくる光の強さはある波長分布を示す.これらの色は,それぞれ一定の厚さに対応しているはずであるが,しかし,色となると眼で見る色は3原色の組合せで決まるのであって,波長分布と一義的に関係していないので厄介である.
立花太郎「シャボン玉−その黒い膜の秘密−」中公新書p38に色と厚さの対応がまとめられているが,1500nm以上の厚さでは干渉は見にくい.薄くなるにつれて,スペクトルのように変わっていき,何度か青黄赤をくり返す.そして膜はもはや色を示さず,ただの白色になる.さらにこの白い膜から水が放出されてやがて黒い膜に変わるのである.
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電子顕微鏡試料を作る技術として超薄切片法があるが,干渉色によりおよその厚さを知ることができる.
色 厚さ(nm)
灰 <60
銀 60〜90
金 90〜150
紫 150〜190
青 190〜240
緑 240〜280
黄 280〜320
電顕標本はエポン(エポキシ)樹枝の中に包埋されているし,切片は水上に浮かんでいるので,シャボン玉の場合とは干渉色が異なるが,超薄切片の干渉色と厚さの関係を利用して,適正な厚さの標本に仕上げる.普通の電顕観察には100nm,すなわち,シルバー・ゴールト程度の厚さのものが用いられる.
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