■サイクロイドと積分・変分法(その26)

【1】プラトーの問題

 シャボン玉の丸い形や枠に張られた石けん膜の形の面白さは,表面積が最小になろうとする傾向のあらわれですが,石けん膜は「極小曲面(平均曲率が恒等的に0の曲面)」,シャボン玉は「平均曲率一定(≠0)曲面」と呼ばれる数学的曲面となっています.

 ラグランジュは,与えられた境界をもつ極小曲面(表面積最小曲面)を決定せよという問題を提示しましたが,19世紀のベルギーの物理学者プラトーは,石けん膜に関する面白い実験結果を報告しました(1873年).

 その実験によれば,針金で輪をつくれば,それがどんな形の囲いであっても,必ず石けん膜が張られるというもので,ラグランジュの提示した問題の部分的な解答を,実験的にではありますが得たことになります.プラトーが「閉曲線で囲まれた曲面のうち,面積最小のものを見出せ」を石けん膜を使って解いたことは有名で,そのため,この問題は今日ではプラトーの問題と呼ばれています.

 物理的には,石けん膜では表面張力によって表面積最小の曲面が実現します.もし,輪をひねって立体的な形にしたものを石けん液に浸して引き上げると,そこの複雑な形の曲面ができることになりますが,その場合でも針金の枠のなかでは最小の表面積をもった膜が実現し,こうして一定の枠のなかにできる最小面積の曲面の形が決定できるわけです.

 プラトーによって提起された問題は,いい換えれば,閉曲線を境界とする最小表面積の曲面を求める変分問題に他なりません.これに対する数学的な問題は「3次元ユークリッド空間の中に任意の閉曲線Cを与えたとき,Cを境界とする極小曲面は,どんな閉曲線に対しても存在するかどうか?」というものです.プラトー問題の解は物理的には石鹸膜として存在するものの,数学的にはどんな閉曲線に対しても存在するかどうかが問題となるのですが,極小曲面の存在証明が数学的になされたわけではないのです.

 やがて,この問題は数学者の興味をひきつけ,極小曲面の存在と一意性を扱うこの問題は,プラトー問題として知られるようになりました.そして,1930〜1931年,アメリカの数学者ダグラスとハンガリーの数学者ラドーによって独立に解決されたのです.この業績により,ダグラスは1936年に数学界のノーベル賞にあたる第1回フィールズ賞を受賞しています.

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【2】カテノイドとアンデュロイド

 プラトーの問題は,変分法の問題となり,実際に解くのは大変難しいのですが,ここでは簡単に解ける問題を扱ってみることにします.

 (問)互いに平行な2つの円形の枠に石けん膜を張ったとき,その形は?

 (答)この問題は「y=f(x)>0のグラフをx軸を中心に回転させてできる曲面の面積を最小にしたい.」と等価です.曲面の面積は

  S[y]=2π∫y(1+(y')^2)^1/2dx

で与えられます.

 懸垂線(カテナリー)の問題を変分法によって解いたのはベルヌーイであったのですが,これは懸垂線で考えた位置エネルギーの2π倍ですから,解は懸垂線を回転させたものであることが導かれます.

 懸垂線は与えられた2点を両端とする一定の長さの曲線をx軸を軸として回転させたときにできる曲面の表面積を最小にする曲線であることがわかります.カテナリーを準線のまわりに回転させてできる曲面は懸垂曲面(カテノイド)と呼ばれます.なお,カテノイドは,唯一の回転極小曲面であることも示されています.

 懸垂面は極小曲面(表面積最小曲面)の重要な例ですが,常螺旋面,エネッパー曲面,シェルク曲面など,極小曲面については非常に多くの例と結果が知られています.

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 次に,

 (問)互いに平行な2つの円盤に石けん膜を張ったとき,その形は?

を考えてみることにしましょう.

 互いに平行な2つの円形の枠に石けん膜を張ったとき,膜の両側の気圧は等しい状態にあるのですが,平行な円形の枠を円盤に代えれば中に空気が閉じこめられるので,膜の両側に気圧差があり,解は極小曲面とはなりません.この場合は,中の空気が閉じこめられているため,その容積が一定という条件のもとでの面積の変分問題に対応しています.

 シャボン玉は中の空気が閉じこめられていますから,極小曲面ではありません.実は,体積固定の表面積の変分問題は,平均曲率一定曲面に対応しています.曲面の各点で曲がり方が最もきつい方向と緩やかな方向がありますが,平均曲率とは2方向の曲率の相加平均で定義されます.

 すなわち,平均曲率が一定(≠0)の曲面は,体積一定のまま表面積を最小にすることによって得られるのですが,等周問題の解である球面(シャボン玉)はその自明な例です.(一方,平均曲率が恒等的に0である曲面は極小曲面と呼ばれ,これがプラトー問題の数学的な定式化でした.)

 詳細は省略しますが,この問題の解はアンデュロイドと呼ばれるカテノイドとは別の平均曲率一定曲面になります.この曲面は楕円を直線上を転がしたときに,ひとつの焦点が描く波状の軌跡を直線のまわりに回転させたものになっています.

 前述したように,回転面で極小曲面は懸垂面(カテノイド)に限られたのですが,回転面で平均曲率一定曲面は球面とは限りません.このような曲面はドローネー曲面と呼ばれていますが,1841年,ドローネーは,平均曲率一定の回転面をすべて決定し,それが平面・円柱面・球面・懸垂面・アンデュロイド・ノドイドの6種に分類されることを示しました.回転面に限ると平均曲率一定曲面の数は意外に少ないのですが,これらはプラトーの回転面とも命名されています.

 また,これらは円錐の切断面である2次曲線(円・楕円・線分・放物線・双曲線)を,サイクロイドのように基線上を転がしたときに,焦点の描く軌跡を基線を軸として回転させることによってできる回転面であることも証明されています.母線が円のとき直円柱面,楕円のときアンデュロイド,線分のとき球面,放物線のとき懸垂面,双曲線のときノドイドが得られます.

 なお,ホップの予想「球面がただひとつの閉じた平均曲率一定曲面である」は正しいと思われていたのですが,1984年,ヴェンテによって,球面とは異なる平均曲率一定曲面の反例が発見されたのを契機に,平均曲率一定曲面の研究は大きな進展をみせることとなりました.

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