■サイクロイドと積分・変分法(その24)
【1】サイクロイド
固定した直線上を円が滑らずに転がるとき,回転円上の固定点のなす軌跡はサイクロイドと呼ばれ,回転円の半径をrとすると
x=r(θ−sinθ),y=r(1−cosθ)
と書くことができます.この曲線は2変数多項式f(x,y)=0の形に表せませんから,代数曲線でありません.
サイクロイド弧が囲む面積は3πr2 (回転円の面積の3倍に等しい),弧長は8r(回転円に外接する正方形の周に等しい)になります.また,サイクロイドには,
dx/dθ=y
の他にも,いくつかの興味深い特性があります.
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【2】最速降下線
1696年,ベルヌーイによってヨーロッパ中の優れた数学者に対して,質点が重力だけの作用の下で滑らかな曲線に沿って運動するとき,到達までの所要時間が最小になるような曲線は何か?という「最速降下線」の問題が提出されました.
微小部分における曲線の長さは√{1+(y')^2}dx,また,そこでの速度は重力だけの作用下ですから,高さの平方根√yに比例します.したがって,変分問題は,
T[y]=∫{(1+(y')^2)/y}^(1/2)dx
を最小とするyを求めることになります.解は直線ではありません.
ニュートンは直ちにこれを解き,匿名で解答を送ったが,ベルヌーイはその解法を見てすぐに解答者を知ったという逸話は余りにも有名です.私には,たとえ積分公式集があったとしても,計算は面倒そうに思えるのですが,その答えがサイクロイドだったのです.そして,重力場において2点間を滑りおりる最短時間の曲線の問題を解決するために工夫された方法が,のちに変分学に発展しました.
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【3】等時曲線
ガリレオ・ガリレイは16世紀の終わりにピサの斜塔で有名な落体の実験を試みましたが,さらに大聖堂のシャンデリアの動きから振子の等時性を発見しています.
糸の長さlに質量mの錘のついた振り子の運動方程式は,
mldθ^2/d^2t=−mgsinθ
で表されますが,
sinθ=θ−1/3!θ^3+1/5!θ^5−・・・
より,小さな振幅に限るとsinθ≒θとしてよいので
mldθ^2/d^2t=−mgθ
となります.この方程式は線形なので解くことができ,周期
T=2π√l/g≒2√l
が得られます.したがって,周期はl=25cmで約1秒,l=1mで約2秒となり,振幅には拠りません.
これが有名な「振り子の等時性」ですが,この現象は振幅が小さい場合に限って成立します.しかし,振幅が大きいと,復元力はsinθに比例し,積分は楕円積分となります.その場合の周期として
T=4√(l/g)K(k)
が得られますが,この式は振幅が小さいとき
T≒2π√(l/g)
と近似されます.
現実には振幅はそれ程小さくなく,無視できない差が生じます.楕円積分が登場するため,線形性はくずれ非線形になるからです.しかし,サイクロイドを用いると,周期が振幅に依存しない正確に等時性をもった振り子を作ることができます.振幅角が大きいとき振子の長さを短くすればよいのですが,ホイヘンスはサイクロイドが等時曲線(所要時間が質点の位置に関係なく一定である曲線)であることを発見し,等時性からのずれを補正するためにサイクロイドの縮閉線を利用しました.サイクロイドの縮閉線にはもとのサイクロイドと合同なサイクロイドになるという性質があるからです.
なお,サイクロイド振り子の周期は
T=4π√r/g≒4√r
です.サイクロイドはそもそもガリレイによって発見され,ホイヘンスによって振子時計の設計に使われ,そしてパスカルの積分法の研究にも貢献しています.
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