■モ−ザーのパラドックス(その2)

【3】モ−ザーのパラドックス

 n次元ユークリッド空間において,1辺の長さが1の立方体[-1/2,1/2]^nをn次元単位立方体といいます.その体積は1ですが,もっとも離れた2頂点を結ぶ対角線の長さはn次元ユークリッド空間の距離の定義から

  √(1^2+1^2+・・・+1^2)=√n

となります.したがって,次元nが大きくなると対角線の長さ√nはどんどん大きくなり,身長170cmの人間はおろか,ついには地球でさえ含むことができるようになります.

 辺の長さが4の正方形に4つの単位円板を詰めると,4つの円板で囲まれた部分に,第5の小さな円を入れることができます.また,辺の長さが4の立方体の8つのカドに単位球を8個詰めると,中にできる隙間に第9の小さな球を入れることができます.ピタゴラスの定理によって第5の円,第9の球の半径はそれぞれ√2−1,√3−1だとわかります.

 これと同じことを4次元以上の空間で行うことができます.もはやイメージすることは不可能ですが,1辺の長さが4の4次元超立方体の16個のカドに16個の単位球を詰めると,中の隙間には半径√4−1=1の4次元超球(すなわち単位球)が入ります.同様に,1辺の長さが4のn次元超立方体の2^n個のカドに単位球を詰めると,中の隙間に半径√n−1のn次元超球が詰められるのです.

 しかし,ここの驚きが潜んでいます.たとえば,n=9の場合,中に詰められるn次元超球の半径は√9−1=2であり,この球は外側の立方体の表面に接してしまい,n>9だとはみ出してしまうのです.この驚くべき結論は,日常生活ではありえないだけに面食らってしまいます.

 次元とともにはみ出る部分が増えているのですが,球の詰め込みに関するこのはみ出し現象は,モーザーのパラドックスとして知られているものです.この逆説は,人間の直観や勘は3次元までの世界では働きますが,4次元以上の高次元についてはあまり働かないという例として,しばしば引き合いに出されます.

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【4】n次元超球

 球に相当するn次元の図形を超球と呼びます.n次元単位超球{x1^2+x2^2+・・・+xn^2≦1}の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.n次元単位球はどんなに次元が高くても,長さが2より大きな線分を含むことはできません.

 したがって,n=2,3,4では単位立方体(対角線の長さ√n)は単位球体の中に含まれますが,n≧5でははみ出る部分があり,次元とともにはみ出る部分が増えていきます.単位球体の直径は次元によらず2なのです.

 n次元単位超球の体積Vn,その表面積を表面積Sn-1とすると,単位超球の表面積Sn-1はnVn,半径rのn次元球の体積はVnr^n,表面積はnVnr^(n-1)となります.n次元単位超球の体積Vnを求めてみると,

  Vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)

を得ることができます.また,Γ(m+1)=m!より,この結果は,形式的に

  Vn=π^(n/2)/(n/2)!

と書くことができます.

 Vn-1がわかれば,Vnは漸化式:

  Vn/Vn-1=Γ(1/2)Γ{(n+1)/2}/Γ(n/2+1)=B(1/2,(n+1)/2)

によって求めることができますが,この計算は面倒ですから,Vn-2との漸化式

  Vn/Vn-2=2π/n

を用いると任意のnに対して

  nが奇数であれば,Vn=2(2π)^((n-1)/2)/n!!

  nが偶数であれば,Vn=(2π)^(n/2)/n!!

とも書けることも理解されます.1次元から6次元までを具体的に書けば,

  Vn=2,π,4π/3,π^2/2,8π^2/15,π^3/6

という具合に,πのべき乗は偶数次元になるたびに1つあがります.

 そして,n→∞のとき,

  Vn/Vn-2=2π/n→0

  Sn-1/Sn-3=nVn/(n-2)Vn-2=2π/(n-2)→0

ですから,不思議なことに,単位球面の体積や表面積はn→∞のとき0に収束するのです.

 nが整数のとき,実際にVnの値を計算してみると,1次元から14次元までの具体的数字は次の通りです.

n Vn n Vn n Vn

1 2 6 5.168 11 1.884

2 3.142 7 4.725 12 1.335

3 4.189 8 4.059 13 0.911

4 4.934 9 3.299 14 0.599

5 5.264 10 2.550

 このように,超球の体積はn=5のとき最大8π^2/15=5.2637・・・となり,以後は次元とともに急激に減少します.(次元を整数に限らなければ5.256次元で最大となり,そのときの体積は5.277・・・である.)幾何学では5,6次元を境にして本質的に様子が変わっていることが少なくないのですが,このことはその原因の一端をほのめかしていると考えられます.

 超球の体積はn=5のとき最大(8π^2/15)であり,それに対して表面積nvnが最大(16π^3/15)になるのはn=7のときです.どちらもnが大きくなると急激に0に近づきます.

 Sn-1球面上で一様に分布する点の配置は一様に分布しているといっても,大きなnに対してはほとんどが赤道のかなり近くに位置していること,また,(直観に反して)超球の体積Vnの大部分はその球殻付近に集中しています.いわゆる薄皮まんじゅう状態なのですが,n=2,3などの場合から類推すると非常に奇妙に感じられます.

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【5】n次元超球の体積和

  [参]ハヴィル「反直観の数学パズル」白揚社

におもしろい問題が取り上げてあったので紹介したい.n→∞のとき,

  Vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)→0

より,n次元単位超球の体積和ΣVnの値が存在する可能性がある.

 具体的な表示式を求めてみるために,偶数次元和と奇数次元和に分けて考える.偶数次元和は

  Σπ^m/m!=exp(π)−1

奇数次元和は複雑になるが,

  Σπ^(m-1/2)/Γ(m+1/2)!=exp(π)Erf(√π)

したがって,

  ΣVn=exp(π)(1+Erf(√π))−1=44.999・・・

 また,表面積和ΣnVnは,偶数次元和では

  2(√2π)exp(π)

奇数次元和では

  2(1+πexp(π)Erf(√π))

したがって,

  ΣnVn=2(√2π)exp(π)+2(1+πexp(π)Erf(√π))=261.635・・・

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