■もうひとつの分解合同定理(その16)

【1】バナッハ伝

  [参]阪本ひろむ訳「Stefan Banachの生涯」

によると,バナッハはクラクフ(ポーランド)の公園で測度(measure)という言葉を口にしたのがきっかけで,数学者なったとの逸話があります.要約すると

  (1)バナッハは数学者になりたかったが,迷ったあげくルボフの工科大学校に進学した.

  (2)卒業後の消息は不明.世界大戦には徴兵されなかったが,道路工事をやっていたとか,ヤキェヴォ大学(クラクフ大学,コペルニクスにゆかりがある)で偽学生をしていたらしい.

  (3)その後,バナッハはすでに数学者として名をなしていたスタインハウスと遭遇,スタインハウスが解決できなかった実解析の問題を即座に解決した.

  (4)ポーランド独立後,ポーランド独自の数学を作る機運が高まり,バナッハはスタインハウスとともにツヴォフ学派の領袖となった.

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【2】バナッハ・タルスキーのパラドックス

 多面体を切り貼りしても体積は変わらないのですが,曲面で囲まれた立体ということになると,もはやその常識は通用しなくなります.1924年,バナッハとタルスキーは,球を有限個の小片に分割し,再結合させると元と同じ大きさの2つの球を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.

 このあまりにも奇妙な結論からパラドックスと呼ばれますが,れっきとした現代数学の定理です.数学が「無限」を扱うようになったために生ずる奇妙な定理なのですが,バナッハ・タルスキーの定理でいう球体とは物質としての球ではなく,空間中の点の集まり(集合)のことで,分割とは物質の分割ではなく,集合の分割のことです.

 また,球を円に代えて,平面でもバナッハ・タルスキーの定理と同じことがいえるかというとそれはできません.2次元と3次元では事情が異なっているのですが,この奇妙さの源は「体積」という概念にあるのです.

 デーンの定理やバナッハ・タルスキーのパラドックスは,平面幾何学の面積の理論には連続の公理を必要とはしないが,体積の理論を作るにはカヴァリエリの原理のような他の超越的な補助手段を採用しなければならないことを意味しています.

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【3】バナッハ・タルスキーのパラドックス

 コラム「もうひとつのデーンの定理」において,バナッハ・タルスキーの定理を『1924年,バナッハとタルスキーは,球を有限個の小片に分割し,再結合させると元と同じ大きさの2つの球を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.』と紹介しました.

 バナッハ・タルスキーの定理は「選択公理」を仮定しないと証明できないのですが,

  [参]砂田利一「バナッハ・タルスキーのパラドックス」岩波科学ライブラリー

によりますと,オリジナルは1つの球を2つの球にコピーするのではなく,1つの球を分解し体積が2倍の球を構成するというものです.

 すなわち,バナッハ・タルスキーのパラドックスには2つのバージョン,もとより大きい球になるものと数が増えるものがあるわけです.

 オリジナルの定理はのちに拡張され「1つの球を2つの球にコピーする」となったことは

  [参]阪本ひろむ訳「Stefan Banachの生涯」

にもあるのですが,阪本ひろむ氏にうかがったところ,バナッハ伝本文の記述はポーランド語から英語への訳文の出来が悪いので「1つの球を2つの球にコピーする」ようにも解釈できるということでした.

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