■太鼓の形を聴けるか? (その2)

 1960年代,カッツは「ドラムの形は聴き分けられるか?」

  M. Kac, Can one hear the shape of a drum?, Amer. Math. Monthly, 73(1966),1-23

という論文を発表しました.太鼓の形を与えて太鼓の音を求める問題を順問題と呼びますが,これに対して,カッツの問題とは「太鼓の音を聞いて太鼓の形を推定する」問題は,逆問題の一例としてよく取り上げられるものです.

 カッツが提出した等スペクトル問題は,数学論文としてはめずらしく魅力的なタイトルがものをいって,大きな注目を集めこの問題を解こうという研究を大きく促すきっかけとなりました.等スペクトル問題は逆問題の特殊な例になっていて,この論文のタイトルが逆問題の有名な標語(スローガン)になったというわけです.

 にもかかわらず,長い間,2次元の世界で等スペクトル多様体のペアを探しだすことはできませんでしたが,1992年には大きな進展がありました.ゴードンとその夫ウェッブは,ウォルポートからヒントを得て,面積と周長は等しいけれども形の違う,けれども同じ音をもつ2次元・3次元のペアを探し出すことに成功したのです.

  C.Gordon,D.Webb and S.Wolport, Isospectral plane domains.and surfaces via Riemannian orbits, Invent. Math., 110(1992), 1-22

 その後,1995年と1997年に新たな例(現在知られている最も単純な2次元図形)が得られています.

  S.J.Chapman, Drums that sound the same, Amer. Math. Monthly, 102(1995), 124-138

  J.H.Conway, The sensual Quadratic Form (1997)

  邦訳「素数が香り,形がきこえる」シュプリンガー・フェアラーク東京

 チャップマンの得た8つの角をもつ7つの三角形からなる図形に三重折り紙操作を加えると2つの領域が等スペクトルであることが証明できます.ゴードン,ウェッブ,ウォルポートらの与えた2つの領域の基本ピースはチャップマンの図形と同じものですから,これも等スペクトルであることがわかります.

 また,コンウェイの等スペクトル領域も7つの三角形よりなるプロペラ型領域で,置き換えによって左巻きプロペラから右巻きプロペラへの線形写像を定義します.すると2つのプロペラはディリクレの境界条件下においてもノイマンの境界条件下において等スペクトルであることが証明できます.

[参]浦川肇「ラプラシアンの幾何と有限要素法」,朝倉書店には,これらの図形に対する等スペクトル性の証明が図入りで詳しく書かれています.

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