■2体問題と3体問題(その3)

 ニュートン力学は「ある時刻での宇宙のあらゆる情報が与えられれば未来はすべて計算できる。」、「世界全体を複雑で巨大な時計仕掛けとみなし、この仕組みを完全に知れば今から世の終わりまですべて見通せるはずである。」という決定論的思想・古典力学的自然観を生み出しました。しかし、実際には三つの天体の運動でさえ誰も予見できないのです。

 19世紀後半のフランスの数学者ポアンカレは力学系理論の創始者・先駆者として名を知られ、その業績は数学や物理にコミットし深くて広いものがあります。ポアンカレは太陽系の運動に関する研究に関連してトポロジーを開発するとともに、もっとも単純な3体問題ですら厳密解が存在せず、力学系の理論は複雑極まりない軌道が現れる病理的(パソロジカル)な性質をもつことを証明しています。

 ポアンカレは太陽系の安定性に関する議論の中で解の安定性神話の崩壊ともいうべき複雑な現象<カオス>を指摘しましたが、太陽系のカオスはとても小さくあたかも解は安定で、コンピュータもなかった当時は目に見える形では示せなかったためほとんど注意を払われることはありませんでした。19世紀の電子計算機がなかった時代に、米国のニューカムは海王星までの8個の惑星系の安定性を調べるのための八元連立一次方程式の固有値問題を解くのに10年以上かかったといわれていますから、カオス現象を垣間みていたポアンカレは「心眼」でそれを見ていたということになります。

 ポアンカレによって、簡単な決定論的方程式に従う対象でも未来予測が不可能なことがあることが指摘されたことにより、決定論的プロセスと非決定論的プロセスとの境目はなくなり、決定論と非決定論という二分法は意味を失い、もはや成立しないものになりました。

 この事実は決定論的自然観に変革をもたらすものであり、新たに誕生した非決定論的自然観の中からハイゼンベルクの不確定性原理や物質本体の確率論的解釈をもとにした量子力学的自然観が登場します。ニュートン力学の不満な点を克服するのが統計力学や量子力学であり、これがやがて新しい突破口にもなっていくのですが、今日では、ニュートン的な考え方では捉えきれない非線形現象、カオス現象、フラクタルな現象などがさまざまな分野で発見されており、非線形現象を解析する数学の確立と進展が要請されています。決定論は神話に過ぎず、原則的に自然はカオティックであるのです。

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