■オイラーの素数生成公式とラビノヴィッチの定理(その23)
a,bを整数として
a+bi
で表される複素数が「ガウスの整数」である.ガウスの整数は和と積の演算に関して閉じている.
また,すべてのガウス整数を約す整数が「単数」で,
±1,±i
の4個の単数がある.ガウスの数体では(単数を除いて)素因数分解の一意性が成立する.
それに対して,Q(√−5)では
6=2・3=(1+√−5)(1−√−5)
のように,素数の積に2通りに表されるような状況を生じてしまうのである.(2,3は素数であるし,1+√−5,1−√−5はいずれも
a+b√−5
のなかには±1と±それ自身以外の約数をもたないので「素数」である.)
それでは,どういう負の数−dを使った数体系Q(√−d)で,素因数分解は一意となるのであろうか?
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【1】ベイカー・スタークの定理
この答えは既に知られていて,次の9つの虚2次体Q(√d)
−d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
に限られるというものです.このコラムをご覧の読者であれば,最初の2つ以外では半整数a,bを使って,a+b√−dを作る必要があることはおわかりでしょう(=1(mod4)).
ずいぶん以前からこの9個の数は知られていたのですが,10番目の数が存在するかもしれない・・・というまどろっこしい状態が続いていました.この10番目の数が実際に存在するかどうかを解明するために長い歳月が費やされました.
その経緯について触れておきたいのですが,1932年,ハイルブロンとリンフットが10番目のdがあるとすれば,それは10^11よりも大きくなることを示しました.また,1952年,ヘーグナーが9個ですべてだという証明を発表しましたが,彼は高校の教師であり研究者として部外者であったため,この証明は懐疑的に受け取られていたようです.
そして,1966年,アメリカのスタークとイギリスのベイカーが独立に世界中を納得させる証明を与えました.それは不正確であるとして無視されたヘーグナーの証明の誤りを払拭するものでもありました.また,1968年,ドイリングはヘーグナーの証明を修正することに成功しましたが,既にそのときはベイカー,スタークに先を越されていて遅きに失した状況にありました.
[補]1952年,ヘーグナーは1世紀以上も未解決だったガウスによる予想を証明しているのですが,その証明を標準的な手法で書かなかったため,長らく間違ったものとみなされていました.ところが,1966年,ベーカーとスタークがこの問題を解いたのを契機に,ヘーグナーの証明がはじめて注意深く吟味され,その証明が本質的には正しいことが明らかになりました.これでヘーグナーに対する批評が公正でないことが明らかになったのですが,残念ながら,ヘーグナーは1965年に亡くなっており,自らの名誉回復をその目で見ることはできませんでした.現在,9個の数
−d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
はヘーグナー数と呼ばれています.
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【2】9個の数の不思議な性質
この9個の数
−d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
はとても面白い性質をもっています.
オイラーの有名な素数生成式
n^2+n+41
を紹介しましたが,この公式はn=0のとき素数41,n=1で素数43,n=2で素数47を与えます.このようにしてnが0から39までのどのnをとってもオイラーの公式はすべて素数を与えます.
41,43,47,53,61,71,83,97,113,131,
151,173,197,223,251,281,313,347,
383,421,461,503,547,593,641,691,
743,797,853,911,971,1033,1097,1163,
1231,1301,1373,1447,1523,1601
オイラーの公式はn=40で1681=41^2となって破綻しますが,1000万以下のnに対して47.5%の確率で素数を生成します.
2次方程式
x^2+x+41=0
の解は
x=1/2(−1±√−163)
であり,虚2次体Q(√−163)の理論と深く関係しているのですが,この不思議な性質も類数1に関するラビノヴィッチの定理から説明されます.
同様に,1変数の2次多項式
n^2+n+17
も高い確率で素数を生成しますが,d=−67=1(mod4)の場合を考えると,q=17ですから,虚2次体Q(√−67)と関係しているというわけです.
n^2+n+41(0≦n≦39なるすべてのnについて素数となる)
←→ Q(√−163)
でしたが,以下同様に
n^2+n+17(0≦n≦15) ←→ Q(√−67)
n^2+n+11(0≦n≦9) ←→ Q(√−43)
n^2+n+5(0≦n≦3) ←→ Q(√−19)
n^2+n+3(0≦n≦1) ←→ Q(√−11)
n^2+n+2(0≦n≦0) ←→ Q(√−7)
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もうひとつの注目すべき事実は
x=exp(π√d)
が数値的にとても整数に近くなりうるというものです.
exp(π√43)=884736743.999777・・・
exp(π√67)=147197952743.99999866・・・
exp(π√163)=262537412640768743.99999999999925007・・・
これは決して偶然の一致ではありません.xに対しては
x−744+196884/x−21493760/x^2+・・・
がぴったり整数になることがわかっています.これらの係数は重さ0のモジュラー関数においてq→−1/xとしたものです.
xが大きいほど後半の項は小さな値となるので,x自身は極めて整数(実は立方数)に近い数になるというわけです.
exp(π√43)=960^3+744−ε
exp(π√67)=5280^3+744−ε
exp(π√163)=640320^3+744−ε
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