■素数の逆数和(その31)

 確率分布には様々の特殊関数が用いられています.なかでもガンマ関数・ベータ関数などは必須項目であり,さらに非心分布ではベッセル関数・超幾何関数などの理解も必要になります.しかし,これらの特殊関数はプロの統計研究者にとっても馴染みの薄いものであり,ましてや一般のひとにとって(無論,私にとっても)とっつきにくいものです.

 ここでは,特殊関数に加え,ラプラス変換やメリン変換など数理統計学における方法的基礎を,いろいろな話題を交えながら,わかりやすく解説しきたいと思います.なお,副読本としては「特殊関数とその応用」(奥井著:森北出版)をお勧めします.

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(1)ガウス積分

 正規分布は一般的な誤差の分布関数で,その確率密度関数,累積分布関数それぞれ

f(x)=1/√2πexp(-x^2/2)=φ(x)

F(x)=∫(-∞,x)f(t)dt=Φ(x)

と表されます.ここでは,正規分布の累積分布関数Φ(x)に関連して,

I=∫(0,∞)exp(-x^2)dx

の値を計算してみます.

 ケルビン卿の銘言に「数学者とは

  ∫(-∞,∞)exp(-x2)dx=√π

を1+1=2のように自明だと思っている人である」とあります.

 われわれは数学者ではないですが,以下のように極座標を用いることによって,簡単に数学者になることができます.

I^2=∫(0,∞)exp(-x2)dx∫(0,∞)exp(-y2)dy(2重積分)

=∫(0,π/2)int(0,∞)exp(-r2)rdrdθ(極座標変換)

より,結局,I=√π/2となります.

 以前より,どうして正規分布に円周率πが現れるか疑問視しておられた方も多いと思いますが,極座標に変換することによって,πが自然に入り込んできます.また,ここでは2重積分を用いてガウス積分を解きましたが,複素積分を用いると,もっと直接的に角度と関係していることが理解されます.ともあれ,πは幾何のみならず,統計にも使われることになります.

 また,上式において,x^2=tとおくと,ガウス積分とガンマ関数との面白い関係

  √π=2I=2∫(0,∞)exp(-x2)dx=∫(0,∞)exp(-t)/√tdt=Γ(1/2)

も得られます.

 なお,逆関数Φ-1(x)については

∫(0,1)Φ-1(x)dx=0

∫(0,1)[Φ-1(x)]^2dx=1

∫(0,1)xΦ-1(x)dx=1/(2√π)

が成り立ちます.

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(2)ガンマ関数

Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)e^-tdt x>0

この無限積分をxの関数とみてガンマ関数Γ(x)といいます.

Γ(1)=∫(0,∞)e^-tdt=1

Γ(1/2)=∫(0,∞)t^(-1/2)e^-tdt

 ここで,t=u^2とおくと∫(0,∞)e^-u2/2du=√π/2(ガウス積分)より

  Γ(1/2)=√π

が得られます.

 オイラーの第2種積分とも呼ばれるガンマ関数Γ(x)には,Γ(x+1)=xΓ(x)の関係があり,次のような漸化式が成り立ちます.

  Γ(x+1)=xΓ(x)=x(x-1)Γ(x-1)=・・・・

したがって,xが正の整数nのときには,

  Γ(n+1)=n!

が成り立ち,ガンマ関数は階乗の一般形となっていることがわかります.階乗の解析的補間をしている関数がガンマ関数なのです.

(ガンマ関数と超球との関係)

ガウス積分をn次元に拡張し,

I=∫(-∞,∞)exp(-x1^2+x2^2+・・・+xn^2)dx1dx2・・・dxn

を考えると∫(-∞,∞)exp(-x2)dx=√πのn重積分より,直ちに

  I=π^(n/2)

を得ることができます.

 n次元ガウス積分を別の方法,直交座標でなく,極座標で求めてみましょう.

球に相当するn次元の図形を超球と呼びます.n次元単位超球{x12+x22+・・・+xn2≦1}の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.また,単位超球の表面積Sn-1はnVn,半径rのn次元球の体積はvnr^n,表面積はnVnr^n-1となります.

 ガウス積分の被積分関数を原点を中心とする半径rの球面上で積分し,次にr=0からr=∞まで積分すると,半径rの球面上で被積分関数は一定値exp(-r^2)をとり,表面積はnVnr^n-1ですから,

I=∫(0,∞)exp(-r2)nVnr^n-1dr=nVn∫(0,∞)r^(n-1)exp(-r2)dr

z=r2と変数変換するとdz=2rdrより

I=nVn/2∫(0,∞)z^(n/2-1)exp(-z)dz

=Vnn/2Γ(n/2) n/2Γ(n/2)=Γ(n/2+1)

=VnΓ(n/2+1)

 したがって,

  Vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)   rn=

を得ることができます.この結果は,形式的にVn=π^(n/2)/(n/2)!と書くことができます. Γ(m+1)=m!

これより,半径rのn次元超球の超体積はVnrn=(πr2)^(n/2)/Γ(n/2+1)となります.

 nが整数のとき,実際にVnの値を計算してみると,超球の体積はn=5のとき最大8π2/15=5.2637・・・となり,以後は減少します.

n  1次元 2次元 3次元 4次元 5次元  6次元

Vn  2   3.14 4.19   4.93 5.263 5.167

n  7次元 8次元 9次元 10次元

   4.72   4.06   3.30   2.55

(次元を整数に限らなければ5.256次元で最大となり,そのときの体積は5.277・・・である.)

 Vn-1がわかればVnは漸化式:

Vn/Vn-1=Γ(1/2)Γ{(n+1)/2}/Γ(n/2+1)=B(1/2,(n+1)/2)

によって求めることができますが,この計算は面倒ですから,Vn-2との漸化式

  Vn/Vn-2=2π/n

を用いると任意のnに対して

nが奇数であればVn=2(2π)^((n-1)/2)/n!!

nが偶数であればVn=(2π)^(n/2)/n!!

とも書けることも理解されます.

 n→∞のとき

  Vn/Vn-2=2π/n→0,Sn-1/Sn-3=nVn/(n-2)Vn-2=2π/(n-2)→0

ですから,不思議なことに,単位球面の体積や表面積はn→∞のとき0に収束するのです.

 また,このことから,n次元単位超立方体[-1,1]^nにおいて,単位超球が占める比率は,n=2であればπ/4(79%)であるが,n=5のときは16%に下落し,n=10となると0.25%になることも理解されます.高次元において,超立方体内に一様分布する標本を考えるとき,低次元の場合とは対照的に,大部分のデータは超球外に位置することになります.

 なお,比Vn-1/Vn-2=B(1/2,n/2)は自由度nのt分布の定数であり,実際,フィッシャーはn個の観測値の標本平均と母平均の差(距離)を標本標準偏差で割った統計量tの分布をn次元ユークリッド空間を使って導きだしています.

【補】ウォリスの公式

1/2B(1/2,(n+1)/2)=∫(0-π/2)(sinθ)^ndθ

この値をSnとおくと,部分積分により漸化式

  Sn=(n-1)/nSn-2

が得られますから,

n=2k(偶数)なら1・3・・・(2k-1)/2・4・・・(2k)*π/2

n=2k+1(奇数)なら2・4・・・(2k)/1・3・・・(2k+1)

 これより,lim1・3・・・(2k-1)/2・4・・・(2k)*√(k)=1/√(π)

変形するとウォリスの公式

  (2n)!/(2^nn!)^2√(n)=1/√(π)

が得られる.

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(3)ポリガンマ関数

 ガンマ関数の対数微分であるジガンマ関数φ(x)は

φ(x)=d/dx{logΓ(x)}=Γ'(x)/Γ(x)

で定義されます.また,その逐次導関数φ’(x),φ”(x),・・・,φ^(k)(x),すなわち,トリガンマ関数,テトラガンマ関数,ペンタガンマ関数などを総称してポリガンマ関数と呼びます.

 引数が整数のときのジガンマ・トリガンマ関数

φ(n)=Σ1/kーγ,φ’(n)=π^2/6-Σ1/k^2

また,

φ^(k)(x)=(-1)^(k+1)k!Σ1/(n+x)^(k+1)より,x=1におけるポリガンマ関数値は,

φ(1)=-γ,φ'(1)=π2/6=ζ(2),φ^(k)(1)=(-1)^(k+1)k!ζ(k+1)

になります.

(ガンマ関数・ポリガンマ関数のサブルーチン)

 Γ(n+1)=n!より,ガンマ関数は階乗の補間関数であり,初等的でない関数の中で最も簡単かつ重要な数学的関数といえます.

 また,引数の値が半整数のときには,Γ(n+1/2)=√π・(2n)!/2^2nn!です.なお,ガンマ関数Γ(x)はx>0について微分可能で,x=1.4616321449・・・で最小となります.

  Γ(1)=1,Γ(1/2)=√π

であることを知っていればたいてい間に合いますが,ガンマ関数は結構いろいろなところで出てきますから,ぜひ計算ルーチンを用意しておきたいものです.引数の値が整数(n+1)でも半整数(n+1/2)でもないガンマ関数に対する正確な計算は複雑ですが,物理・化学・工学などの諸分野の問題の解を求めるときには,どうしてもそれらの解を数値を用いて表す必要がでてきます.現在では膨大な数表を用いることは稀であって,コンピュータが広く使用されていますから,必要に応じて計算する方法がとられています.

 ガンマ関数Γ(x)の値を求めるには,いろいろな近似式があり,例えば,ベルヌーイ数Bnを含む漸近展開

  logΓ(x)=xlogx−x+1/2log2π/x+Σ(−1)n-1Bn/(2n)(2n-1)x2n-1

は物理学(量子論)との関わりで,しばしば用いられています.

 このほかにも,ヘイスティングス,コリンジ,ハートらによる多項式展開などがありますが,ポリガンマ関数とのつながりを考えると,ヘイスティングスの多項式展開が優れていると思われます.ここでは,ヘイスティングス(Hastings)の8次多項式近似を紹介することにします.

Γ(x+1)≒1-0.577191652x+0.988205891x^2-0.897056937x^3+0.918206857x^4-0.756704078x^5+0.482199394x^6-0.193527818x^7+0.035868343x^8 (岩波全書「数学公式V」森口,宇田川,一松著).

 この近似式は有効範囲が0≦x≦1に限られていますが,ガンマ関数にはΓ(x+1)=xΓ(x)の関係があり,この漸化式を繰り返し適用して,0≦x≦1の範囲になるように再帰的な方法を用いればx≧1にも拡張することができます.また,ガンマ関数Γ(x)はxが大きくなるとすぐにオーバーフローエラーを起こしてしまいますので,プログラムではln(Γ(x))=ln(Γ(x+1))−ln(x)によってその対数ln(Γ(x))を求めて飽和現象を回避しています.

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(4)ベータ関数

 ベータ関数(オイラーの第1種積分)は,

  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt t0-1

によって定義されます.

 ここで,積分変数をtからu=(1-t)/tによってuに変えると,

  B(a,b)=∫(0,∞)u^(a-1)/(1+u)^(a+b)du u 0−∞

が得られます.

 ベータ関数とガンマ関数との間には

  B(a,b)=Γ(a)Γ(b)/Γ(a+b)

の関係がありますから,ベータ関数はガンマ関数の兄弟分にあたります.

  Γ(1/2)=√π

を得るにはベータ関数が用いられます.この関数において,t=sin^2θとおくと,dt=2sinθcosθdθですから

  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt=2∫(0,π/2)sin^(2a-1)θcos^(2b-1)θdθ

 ここで,a=1/2,b=1/2とすると

  B(1/2,1/2)=2∫(0,π/2)dθ=π

  Γ^2(1/2)/Γ(1)=π

Γ(1)=1であるからΓ(1/2)=√πとなります.

 上式を一般化すると,

  ∫(a-b)(x-a)^m(b-x)^ndx=m!n!/(m+n+1)!(b-a)^(m+n+1)

が得られます.これらは受験参考書に必ず書いてある

  ∫(a-b)(x-a)(x-b)dx=-1/6(b-a)^3

  ∫(a-b)(x-a)(x-b)^2 dx=1/12(b-a)^4

という公式の一般化になっています.

 また,ジガンマ関数・トリガンマ関数との関係で,公式集にも収録されていないものの,応用上とくに重要な積分公式を次に示しておきます.

1/Γ(a)*∫(0,∞)logt*t^(a-1)exp(-t)dt=φ(a)

1/Γ(a)*∫(0,∞)(logt)^2*t^(a-1)exp(-t)dt=φ(a)^2+φ'(a)

1/B(a,b)*∫(0,1)logt*t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt=-φ(a)+φ(a+b)

1/B(a,b)*∫(0,1)(logt)^2*t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt={-φ(a)+φ(a+b)}^2+φ'(a)-φ'(a+b)

1/B(a,b)*∫(0,∞)logt*t^(a-1)/(1+t)^(a+b)dt=φ(a)-φ(b)

1/B(a,b)*∫(0,∞)(logt)^2*t^(a-1)/(1+t)^(a+b)dt={φ(a)-φ(b)}^2+φ'(a)+φ'(b)

∫(0,∞)logt*t^(a-1)exp(-t)dt=Γ'(a)

∫(0,∞)(logt)^n*t^(a-1)exp(-t)dt=Γ(n)(a)

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