■ビュフォンの針の問題(その12)

 任意の点に垂直軸のまわりを水平に回転できるような銃を固定し,−π/2≦θ≦π/2の範囲の任意に選ばれた角度で固定した壁に向けて発砲するとき,発砲角度が一様分布にしたがえば,銃弾の命中点の分布は以下の式で表されます.

 tan(θ+Δθ-θ)=tan(Δθ)={tan(θ+Δθ)-tanθ]/{1+tan(θ+Δθ)tanθ}〜2tanθ/{1+(tanθ)^2}

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【1】コーシー分布

 コーシー分布の密度関数は

  f(x)=1/π・β/(β^2+(x−α)^2)   (−∞<x<∞)

その累積分布関数は

  ∫f(x)dx=1/π・[arctan(x−α)/β]

 =1/2+1/π・arctan(x−α)/β

となります.

 平均,分散は存在しませんが,

  mode=α

  median=α

です.

 任意の点に垂直軸のまわりを水平に回転できるような銃を固定し,−π/2≦θ≦π/2の範囲の任意に選ばれた角度で固定した壁に向けて発砲するとき,発砲角度が一様分布にしたがえば,銃弾の命中点の分布は上式で表されます.

 そのため,コーシー分布は種々の放射線の線スペクトルの強度分布など共鳴現象を表わすのにしばしば用いられていて,原子核物理の分野ではローレンツ分布とも,ブライト・ウィグナー分布とも呼ばれます.

 コーシー分布は正規分布と同じような山型の分布をして,一見,正規分布と似ていますが,数学的にははなはだ異なった性質を示し,コーシー分布は平均さえもたないのに対し,正規分布はすべての次数の積率をもっているという違いがあります.

 また,正規分布は頂点が丸くて裾の減退が速いのに対し,コーシー分布は頂点が鋭くて分布の両すそが正規分布に比べかなり長く,中心から遠くまで広がっています.すなわち,コーシー分布はいわゆる裾の重い(heavy tailed)分布で,大きい(小さい)値をとる確率がなかなか0に近づかず,累積分布関数より[α−β,α+β],[α−2β,α+2β],[α−3β,α+3β]の外の値はなんと50%,30%(0.2952),20%(0.2048)も観察されることがわかります.

 一方,正規分布では[μ−σ,μ+σ],[μ−2σ,μ+2σ],[μ−3σ,μ+3σ]の外の値が観測されるのは32.7%,5%(0.0455),0.3%(0.0027)ですから,正規分布はxの絶対値が大になるにつれて指数関数的減衰するのに対し,コーシー分布は代数関数的に減衰する分布関数で,逆にいうと,代数関数的減衰に比較して指数関数的減衰がいかに急減であるかがよくわかります.

[1]平均や分散をもたない確率分布!

 コーシー分布はt分布において自由度1としたものであり,平均値は定まらず分散が無限大になる厄介な分布です.なぜなら,対応する積分が発散するからです.したがって,コーシー分布は中央値と4分位偏差(第3四分位数Q3と第1四分位数Q1の差)で特徴づけられます.コーシー分布の分散は発散しますが,4分位偏差のように存在の保証された分布の幅の測度sで置き換えると

  s=s1+s2

が成り立ちます(stable distribution).

[2]中心極限定理が成立しない分布

 コーシー分布にしたがう確率変数の線形結合Σaxはコーシー分布になります.また,確率変数がコーシー分布に従うとき,その標本分布も再びコーシー布に従うため,何回測定を繰り返したとしても,標本平均値の分散は無限大で標本平均値の精度は少しもよくなりません.

 このように,コーシー分布はいくつかのパラドックスの源泉になっていて,しばしば,たちの悪い分布の代表として用いられます.さらに次のような性質ももっています.

[3]正規分布する確率変数同士の商の分布

 F分布はχ^2分布の比の分布となりますが,自由度1のχ^2分布の比の平方根分布は半コーシー分布,したがって,正規分布する確率変数同士の商の分布はコーシー分布になることが示されます.

[4]コーシー確率変数の逆数もコーシー分布

  α→α/(α^2+β^2)

  β→β/(α^2+β^2)

[補]コーシー分布の密度曲線は,古くから知られている幾何学曲線(x^2y=c^2(c-y))と同一で,山形をしています.この曲線は「変曲点をもつ曲線」の誤訳から以降「アグネシの魔女(witch of Agnesi)」と別名でよばれるようになった割合有名な曲線です.witchから迂弛線(うちせん)ともよばれますが,最近はこのような古めかしい呼び方は多分しないと思います.

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