■メルカトール図法
われわれが最も慣れ親しんでいる世界地図は,メルカトールの地図と呼ばれるものである.前回のコラムでは等角写像を取り上げたが,メルカトールの地図も等角写像,すなわち,任意の点から任意の他の点までの正しい方向(方位角)を示す地図であって,海図として航海のナビゲーション用に広く使用されている.また,確かめたわけではないのだが,メルカトールの地図は宇宙衛星の軌道制御にも使われているらしい.
地図はその目的によって,地球上の2点の正確な距離,形(面積),方向を保存するように工夫されているが,地球は丸いので,これらのどれかを保存することは他のものを犠牲にすることになる.
地図投影の中で,もっとも単純なのは円筒を使って平面にする円筒図法であろう.円筒投影では赤道で接触している円筒に対して,地球の中心から投影するもので,円筒が開けられたとき平面地図が得られる.
x=Rλ,y=Rtanφ
円筒図法では経線(子午線)・緯線(卯酉線)は直交するが,緯線間隔は緯度とともに増加し,高緯度での歪みが大きくなる.これはtanφがもたらす結果である.
次に,南極に平面が触れるようにして,北極から投影する図法を考えてみよう.最初から平面を使ったこの投影法を仮に平面投影と呼ぶことにするが,この場合,北緯φの点と南緯φの2つの地点は,単位円に関して反転した点に投影される.
y =2Rtan(π/4+φ/2)
y’=2Rtan(π/4−φ/2)=1/y
このことから,平面投影法は方向が保存される正方位図法であることが示される.ただし,正距図法ではないので,地図上で2つの点を結んでいる線分は最短距離(測地線)を表すものではない.
平面投影では,経線は南極から放射する直線として,緯線は同心円として写されることになる.それを受けて,メルカトールが
(1)経線・緯線は直交し,
(2)任意の点から任意の他の点までの正しい方向(方位角)を示す
地図の製作にとりかかったのは,1568年のことといわれている.
すなわち,円筒投影と平面投影の両方の特徴を併せもつ地図製作であるが,この計画が実現されるためには,緯線(平行線)の間隔を決めてやる必要がある.メルカトールがどのようにしてこれを計算したかは知られていないため,正確に述べることは非常に難しいが,以下のように推測されている.
地球上の緯線は2πRcosφの長さであるが,地図上では2πRに引き延ばされる.その際の拡張比は
2πR/2πRcosφ=secφ
である.そして,写像が等角であるためには,相似条件
Δy=RsecφΔφ
を満たさなければならない.
これを現代的に表記すると,微分方程式:
dy/dφ=Rsecφ
の解:
y=R∫(0,φ)sectdt=Rlntan(π/4+φ/2)
となるが,もちろん,メルカトールの時代は,ニュートンとライプニッツが微積分を発明するよりずっと前のことである.
この解は平面投影のtan(π/4+φ/2)を引き継いでいるが,これは偶然の一致ではない.複素関数論によれば,複素関数の写像は等角写像となり,複素対数関数
w=f(z)=lnz
は同心円と放射線よりなる極座標系を直交座標系に変換してくれるのである.
メルカトールの地図には平面図法の性質が遺伝するので,正距図法とはならない.すなわち,地図上の任意の2つの点を結ぶ線分は測地線ではない.また,logがついている分,高緯度における歪みは円筒図法ほど誇張されにくいと思われるが,それでもグリーンランドは南アメリカより大きく表される(実際は1/9の大きさである).
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