■セルオートマトン(その3)

【3】チューリング

1952年,拡散方程式に関する2つの画期的な論文が世に出た.1つはホジキン・ハクスリーによる神経パルスが減衰せずに伝播するモデルに関する論文で,1963年にノーベル賞を受賞した.

 もうひとつの論文はチューリングが発表した「形態形成の化学的基礎」という論文で,その後の学問研究に大きな影響を与えることになった.

 チューリングは英国の数学者で,コンピュータ科学や人工知能の父とも呼ばれている.第2次大戦中はドイツ軍の暗号エニグマの解読で中心的な役割を果たしたことでも知られているが,数理生物学の基礎を形作ったひとりでもある.

1950年頃からは数理生物学とくに形態形成に関する研究を行い,拡散誘導不安定の概念を用いて,形態形成メカニズムを説明した.すなわち,生物の形態形成が化学反応と拡散だけで説明できるという,驚くべき仮説を唱えたのである.

生体組織は複雑であるが,今日では自然界の様々な場所でチューリングパターンが見つかっている.貝殻の着色パターン,トラやシマウマの毛皮の独特の模様が形成される過程を数学的に説明することに成功した.チューリングの残した最大の功績は,高度に複雑な構造が拡散など単純な物理的プロセスによって自律的に生まれるという考え方を広めた点にある.当初はあまり注目されなかったが,その後の学問研究に大きな影響を与えることになったのである.それまで謎に包められていた形態形成メカニズムを説明しようとしたチューリングの独創的な着想には驚嘆するしかない.

しかし,その論文を発表した1952年,チューリングは同性愛の嫌疑で逮捕されて,不幸なことに1954年に自らの命を絶った.41才の若さであった.同性愛は当時の英国では犯罪であった.彼が第2次大戦中にドイツ軍の暗号エニグマ解読の中心的な役割を果たした国家的英雄であることは,当時最高機密であったため,それを知らない世間の人々から非難を浴びせられたためであった.イギリス政府はチューリングに対しての扱いが不当なものであったことを認め謝罪し,彼の名誉回復につとめている.

 暗号と社会規範の2つのコードを破ったチューリング,すなわち,ドイツ軍の暗号を解読した功績(国家的英雄)と社会的な規範を破った罪で逮捕され悲劇的に人生を終えたチューリングをモデルにした映画「Imitation Game」が公開されている.

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